《支援員さんビックリ》ど根性昔ばなし。
障害者雇用で働く中で支援員さんに打ち明けたらビックリされた昔ばなしを一つ。
汚いお話も含んでいますので、お食事中の方はおよしになってくださいね。
不快だと思いますので。
長〜いですのでお時間のあるときに。
最近、フラッシュバックが酷くすっかり体力が奪われてしまった…。
20代はじめに立て続けに起こったショッキングな出来事が鮮明な写真のように目の前に現れる。
今までのように首を振ったりして『いまはそれ考えないよ』サインを自分に出しても、目の前からその現場写真は離れていってくれない。
顔を背けても、顔を背けても…ついてくる。
解離も起こる。
記憶が抜け落ちる。
正確には『記憶されない』のだけど。
それほど身体的にも精神的にもきている。
そんな状態では仕事も出来ず、身体が痙攣する前に帰宅する以外に選択肢はなかった。
背中が肉離れの前兆をあらわす。
ピクッピクッと身体が波打ち始める。
ああ、だけどいま頓服薬を飲んだら運転できなくなる…。
正気が保てなくなる前に、叫び声が出てしまう前に帰らなくては…。
ちゃんと職場に休みを願い出た自分は偉かったと思う。
今までの私なら❝歩けなくなったら❞休みを願い出ていたから。
歩けなくなる二段階手前で休みを願い出た。
もう一段下がると這って移動状態。
更に下がると寝床から転がり出ることも出来なくなる。
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トイレに困るのが怖くて私は枕元に介護シーツ(ペットシーツの大きいようなやつ)を常備している。
過呼吸用紙袋と介護シーツは常に枕元に。
これ、大事。
あとは頓服飲むためのお水ね。
〔追記〕
(↑紙袋呼吸はいまは推奨されないそうです。この記事へのコメント欄にて『いまは吐くことを意識した呼吸が大切』という新しい知識を教えてくださった方が…感謝です✨)
※※※※※※※
つまり、これ以上の悪化は❝自力で医者に行けない❞を意味するのだ。
まだ泣き喚いていないから精神面でも底打ちではない。
まだ、自力で動けるぞ。
よし、偉い。
とりあえずこうなってしまったからには、支援員さんにも報告をしなくては。
私は電話で事態を説明した。
支援員さんに状況説明をする際に、実家では私は病院に連れて行かれなかったのよ、や〜ね〜あははというエピソードを『軽く』交えたつもりだった。
支援員さん『え"っ!!』
(お食事中の方は、ここで引き返してほしい。)
実家にいた頃にも私は腰を痛めて、歩けなくなったことがあり布団から起き上がれなかった。
当然トイレなんか行けないから、その場でするしかない。
同居していた親は松葉杖を買ってきて、私に『これで外科まで歩いて行って来い』と言った。
外科まで歩いて3キロはある。
『わざわざお前のために買ってきてやったんだ』
とのことであったが。
歩けるようになるまで私は3日かかった。
これ以外にも、身体が弱りすぎて『介護用おむつ』を自分にはかせて生活していた話や、それでも自力で通院していたためバスやクリニックを汚してしまい申し訳無さと恥ずかしさで苦しかった話をした。
『ほっこり〜ぬさん、強いです!
っていうか強すぎです!!
今まで色々な方のお話聞いてきましたけど、飛び抜けてます!
親御さんがヤバいとは聞いていましたが、ダントツのヤバさです!
何か、びゅんっと想像を超えていきました』
……まぁ、たぶんそうなりますよね( ´ω`;)
今でこそ私にはもう笑い話だから『ど根性系昔ばなし』として語っているけど、当時は辛かった。
あの頃は免許も車も持ってなかったし、布団の始末が大変で。
布団は粗大ゴミだから地域の『回収センター』に持っていかなきゃならなかった。
家の近くのゴミ捨て場では持っていってくれないんだから、途方に暮れた。
しかたなくまずは庭で洗ってみたが、やはり染み込んでいるモノがモノだけに無駄だった。
家族は頼れず、車で運べない以上はしょーがない。
私は布団をハサミで細かく刻んで、可燃ごみの袋に詰めることにした。
見事に手にマメができ、潰れた。
痛いなんて言っている場合ではない。
次の回収日までに刻まねばならないのだ。
大人ひとり分の敷布団を。
はっきり言って、自分の糞尿まみれになるよりこのマメのほうが辛かった。
十ウン年前だけど精神科病棟をシェルターにしたことがあったので、そこで他人の糞尿に慣れていたせいもある。
いまは変わったのかもしれないけど、当時は認知症のおばあちゃんも他の患者と一緒の浴槽だったので、……まぁその浮いていることもたまにはあって。
ただ、それは単純におばあちゃんのほうがスピード感を持ってお風呂場に来たということであり、私がおばあちゃんにスピードで負けたのだ。
潔く自分の負けを認めていた。
冬場だったし、山の中の病棟だったためシャワーだけでは凍えてしまう。
『まぁいいや、すみっこで入ろ〜っと♨♪』
いま思うと『入るんかい!』って感じだが、どっちみち家族から逃げ出し病棟に入り込めた時点で『お湯』がありがたかった。
いつもってわけじゃないけど、私がお湯を使っていると家族が水に切り替えちゃうんだよ。
『テメェ、何様のつもりだぁ!!』って。
ちょっと待って…。
書いててだんだん落ち込んできた。
酷いな。
フラッシュバックの内容は全く別物で、こんな『ど根性系昔ばなし』として笑い飛ばせるライト系じゃないからしんどいのですが。
…ん?
いや、ライト系ではないか(笑)。
ちなみに、はじめの方に出てきた松葉杖を私の親は社会福祉協議会の職員さんに貸そうとした。
私の面談に来てくださった職員さんが足をケガされていたので『お前に買ってやったやつがあるだろう!お貸ししなさい』と親が横から口を出したのだ。
残念ながらそれは親切心からではなくて『優しい親御さん』を演じるためにわざわざ『お前に買ってやった松葉杖』を引き合いに出してきたまでだった。
次にいつお会いできるかわからないのに借りる側とて借りられないだろう。
しかし、確かにそうだよね…。
私『強すぎる』か(笑)。
以前、自分を❝鬼より強い❞と表現したけど、どうなんだろうな…。
豆投げつけられて逃げるような鬼たちと、糞尿まみれになるよりお手々のマメが辛かった女が喧嘩したらどっちが勝つんだろ?
…勝てそうな気がしてきた。
たまに、心が折れたとか言って私はひとりでぴーぴー泣くけど、内心『あの頃より超絶マシ』とか思っているから『この涙は偽物なのかなぁ?』と指で拭った水滴を複雑な心境で眺めている。
しかも『あの頃』は糞尿まみれ時代より酷い時代を指すので、もう赤鬼も真っ青かもしれない…。
ちなみに、解離って私の場合は周りの人が気づかないんです。
なかには目つきが険しくなってはっきりと『あ、解離してるな』と見て取れる人もいます。
どっちが多数派なんだろ?
私はいつも通り、へらへら会話に応じられるし、買い物も家事もできる。
見た目からはわからないのが酷いところというか凄いところと言うか…。
でも、私自身には記憶は残ってないし。
だからスマホの位置情報アプリはすごく助かる。
自分がどこ行ったか確認できるから。
私の身体が、脳が、
『コレ、認知したら危険!!』
と判断すると私が今いる現実から、私の意識を勝手に切り離してしまう。
虐待を受けた子供が『現実感』を手放すのと同じ。
私はまだこの機能が備わったままになっていて、たまに困る。
だけどこの機能が自分を護ってくれているのもわかる。
それでも『記憶がない』というのは『いつか思い出す』ということなんだから、覚悟はしておかないと。
いま、15年前のかなりショッキングな出来事たちが思い出せるようになってしまった。
新しい戦いが始まったのだ。
しかし、私は解離したって誰かとトラブル起こすわけでもない。
意識がないのとは違うけど、私には記憶されないんだから、『私にとっては意識がないのと変わらない』。
私は意識がなくても理性的な性格なのだろうか?
はっきり言って恨みや憎しみは沢山持ってる方だと思うんだけど、意識がなくなっても人に危害を加えようとしない自分を凄いと思う。
生き物らしくないというか、人間らしくないけどね。
昔むかし糞尿まみれだった女がわりと最近まで美容部員やってましたとさ。
結局、『そう見える』って強いんですよ。
いまでも私は『美容部員の方ですか?』と訊ねてもらえます。
それに対して『元、ですよ』としか答えません。
まさか『元う〇こまみれですよ』の略とは誰も思ってないでしょう。
笑っていい。
もう、本人が笑っちゃってるんだから。
いや〜、強くなったなぁ。