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ヒューマノイド∽アイドロイド∅ガール (8)

 スカウト部――かつては、新人タレント発掘の為に欠かせない部署だったそうだが、今では業務は一つしかない。

 タレントになりたがる志望者を体よく断ること……ただ、それだけだ。

 僕は、おっさんの命令で、鈴里依舞をスカウト部ではなく、隣の部屋に案内した。

 そこには二人分のパイプ椅子とマジックミラーがあった。

 僕は、パイプ椅子の上にそれぞれ置かれていたヘッドホンを手に取ると、その内の一つを鈴里依舞に渡した。

「ありがとうございます」

「……いえいえ」

 まだ何も始まっていないが、何となく声をひそめなければいけない気がした。

 僕と鈴里依舞は、それ以上会話することなく、パイプ椅子に並んで座り、マジックミラーを覗き込んだ。

(どうぞ、お入りくださいっ!)

 しばらくするとヘッドホンから女性の声がした。

 僕は、担当者の姿を探したが、室内にあるのはモニターだけだった。角度的にこのままでは見えない為、少し体を傾けると、地味目な印象の面接官の姿がモニターに映し出されていた。

 当然、面接官は人間ではない。純度百パーセントの人工知能だ。

 僕は、さすがにこれはないと思った。断る前提とはいえ、余りの人間性の欠如ぶりに愕然とした。

 最近は、そういう会社が増えているとは聞くが、機械による人間の選別作業に立ち会うのはメンタル的にキツイものがある。

 僕が目を逸らしている間に、ドアを開く音がした。普通に足音が聞こえ、「人間」が入室した。

「おはようございますっ! 今日は、お忙しい中、このような機会をつくっていただき、ありがとうございますぅっ!」

 僕は、マジックミラーに視線を戻した。部屋に通されたのは、中学生位の少女だった。多分、隣に座っている鈴里依舞と同年代。やはりタレント志望だけあって、可愛い。

 そんな少女の必死の挨拶と自己紹介をやり過ごし、椅子に座るよう促すと、人工知能はデフォルトな質問をぶつけた。

(あなたはタレント志望だとの事ですが、どんなタレントになりたいですか?)

「はいっ、明るくてみんなに元気になってもらえるようなタレントになりたいです」

 少女の必死さはマジックミラー越しにも十分伝わってきた。余程タレントになりたいのだろう。うっかり声援を送りそうになった。

 僕は、気が付けば少女に感情移入していた。動物以上AI未満でも、夢を持つ事までメカに否定されたくはない。

 この子は、人間だ。人間の代表なんだ。

 思わず椅子から身を乗り出した僕をよそに、AIはどこまでも冷静に少女の熱意を受け流し続けた。

(あなたはそのようなタレントになれますか?)

「なれますっ! 頑張ります! よろしくお願いします!」

(根拠はありますか?)

「私にとってアイドルは夢です。何があっても諦めるつもりはありません。夢は願えばいつか叶うって私は信じてます。私、絶対アイドルになりたいんです。よろしくお願いします」

 人間がモニターに向かってお辞儀をしている。余りにシュールな光景だった。

 少女の声は、既にヘッドホンなどなくてもここまで届いていた。

 それは、AIのただただ聞き取りやすいだけの「音声」とは余りに対照的で、ああやっぱり人間の心に響くのはヒトの声なんだと再確認した。

 だが、そんなことはもちろん人工知能という名のプログラムには関係がない。

 それからは、機械がひたすら自分に課せられたタスクをこなすだけの冷たい時間が流れた。

(あなたの熱意は分かりました。あなたは、弊社に現在所属しているタレントの中で誰を目標にしていますか?)

「特定の目標は……いません。でも、頑張ります」

(質問に答えて下さい)

「いえ、私は……」

 少女の表情が曇った。当然だろう。タレント志望の少女にとって、アイドロイドの話など聞きたくもないに違いない。

 人として最低限のデリカシーがあれば、この話はここまでになるのだが、それでも鬼畜AIはグイグイいった。文字通り、ガチで人でなしだと思った。

(質問に答えてください。これは面接ですよ?)

「で、でも……答えたくないです」

(それは、知らないという事ですか?)

「違います。私は、アイドル黄金期のようなみんなに元気を与えられるようなアイドルになりたいんです」

(では、なぜうちに入りたいと?)

「私が大好きなアイドルがいた事務所だからです!」

(それは人間の?)

「はいっ!」

 少女は、既に泣いていた。クソAIは、当然ハンカチを差し出すことなどせず、通常業務を続けた。

(大丈夫ですか?)

「だ、だいじょうぶ……です」

(辛いようならここで面接終了で……)

「大丈夫ですっ!」

 少女は、そう言うと本当に泣き止んでみせた。すごい根性だと思った。僕は、何だか胸が一杯になった。

 頑張るべき時に頑張れなかったからこそ、この子のすごさが分かる。でも、それはAIには関係なかった。本当に胸糞としか言いようがない。

(それでは、さっきの質問をもう一度します。かつて所属していたのでなく、弊社に現在所属しているタレントの中で誰を目標にするおつもりですか?)

「そ、それは……」

(300シリーズですか? それとも、500シリーズ? 700シリーズも人気ですよ)

「えっ、それは……」

 少女は、心底困った様子で黙り込んでしまった。

 人間は機械にはなれない。何とかシリーズを目標に挙げれば、あなたには無理だと言われて終わりそうな気がする。

 かといって、かつてこの事務所に所属していた生タレの名前を挙げたとしても、現在募集してませんで詰みだ。

 あからさまなトラップを前に、固まる少女。ヘッドホンから、さっきよりも感情のこもった音声が流れた。

(答えられないんですかぁ? 弊社に所属したいのなら、当然弊社所属のタレントについて、最低限のリサーチをしていると思ったのですが……あなたには、がっかりです。それでは……)

 鬼畜AIは、いきなり面接終了を宣言しようとした。僕は、さすがにこれはやりすぎだと思った。

 少女はそれでも、何とか言葉をつないだが、それこそが鬼畜AIの罠だった。

「待ってください……500シリーズです!」

(それでは、500シリーズを目標にするんですか?)

「はっ、はい、そうです!」

(そうなんですか? 500シリーズは、いわゆるアニメキャラクター寄りの姿をしていますが、あなたはどう目標にするんですか?)

 少女の表情がさらに曇った。こんなのトラウマ確定だ。

 そもそも、うちの所属タレントの誰を目標にするかなんてひどい質問だ。

 既に、いないものを目標になど出来るはずがない。この事務所から生身のタレントが消えて、もうかなりになる。

 NKという名のクソプロダクションでは、アイドルは業務用ソフトを指す言葉だ。

 人工知能によって作り出されたタレント、通称アイドロイドに歌や踊りや、バラエティータレント的な事をさせるのが、ここのビジネスモデルなのだ。

 そんな悪の総本山に乗り込み、生タレ(生身のタレント)になりたがる少女は、なんて情弱なんだと思う。

 僕と鈴里依舞は、それからも可哀想な少女の絶望的な挑戦をただ見守った。

「アニメとか、そういうの関係ありません! 私は、売り上げで一番になりたいんです! だから、500シリーズを目標にしました!」

(分かりました。それでは、あなたに質問です)

「はいっ!」

(弊社所属タレントになりたいとのことですが、弊社所属タレントは原則二十四時間稼働中です。法律上、あなたには労働時間の制約があります。限られた時間で、何が出来ますか?)

 少女の顔が歪んだ。僕は、その質問を機械が人間にする事自体が残酷だと思った。
 
 少女は、しばらく考え込み、絞り出すように呟いた。

「……二十四時間は無理でも、出来る限り頑張りますっ! 短い時間でも、私は結果を出せると思っています」

 正直、これ以上の答えがあるのだろうかと思った。

 この年代でここまで言えるのはすごいと思ったが……。もちろん、AIにそんな事は関係ない。

(分かりました。弊社所属タレントは、平均十五件の仕事を同時並行でおこなっております。効率面で、あなたはどうやって弊社に貢献できると思いますか?)

 無理ゲーにも程がある。どこの三次元人が、同時に複数の場所に具現化できるというのだろうか?

 スパコンを増設すれば、理論上無限に疑似人格を増やせるアイドロイドと、時空の壁をどうやっても越えられない人間を同列に扱う理不尽さに、さすがの僕もキレそうになった。

 一瞬、おっさんのゲス顔が浮かんだ。流石の鬼畜ぶりだ。容赦がない。とことん胸糞が悪くなった僕は、それでも椅子に座り続けた。おっさんが怖かったからだ(号泣)。

「所属タレントって……アイドロイドが何なんですか? 私だって、輝きたいんですっ! どうして人間は夢見ちゃいけないんですか?」

 少女の声が変わった。涙を浮かべ、歯を食いしばりながら、少女はモニターを睨みつけた。

 恐らく、これまでもアイドロイドが少女の夢を悉く阻んできたのだろう。一生の内にわずか数年しか訪れない大切な時間を、頭からスルーされているのだ。悔しいのは当然だと思う。

 僕は、もう見ていられなかった。多分、自分の中にもある鬱積した何かが、少女を通じて自分の中にも広がり始めていたのだろう。

 今まさに、人間が人間である制約の為、機械にボコられようとしている。僕は、思わず天を仰いだ。

(そうです。弊社が提供しているのはアイドロイドサービスです。現在、人間の所属タレントは募集しておりません。特例を認めるには、それなりの条件を満たしていただく必要があります。まず、アイドロイドの開発スタッフとしての実績を……)

「もういいよっ!」

 少女が席を立った。こんな理不尽が許されていいのか? 僕が密かにキレていると、鈴里依舞がぼそっと呟いた。

「そんなにアイドルになりたいんだったら、開発スタッフになればいいのに……」

 確かに、そうかもしれない。でも、そんな遠回りをしている時間があの少女にあるのかどうかまでは、僕には分からなかった。

 それから数分、次のアイドル志望者が現れた。

 その子は、さっきの子とは違い、開発スタッフ云々の話を呑んだ。仮に少女2と呼ぶことにする。

 少女2は、なかなか手ごわかった。遠回しに辞退を薦め続けるAIの誘導に乗ることなく、見事スタッフ採用までこぎつけた。

 しかし、その後の事に話が及んだ時点で、やばいフラグが立ち始めた。

(それでは、弊社スタッフとしての活動ですが、タレント志望のスタッフとして、一つ条件があります)

「はい」

(恋愛禁止です)

 僕は、随分昔に聞いたことがあるようなフレーズだと思った。

 確かに、かつてのアイドル業界において、熱愛スキャンダル的なものはご法度だった。

 ビジネスとして誰のものにもならないみんなのアイドルという売り出し方をしている以上、実は裏で……というのはまずかったのだ。

 しかし、今やアイドルのスキャンダルが世間を騒がせる可能性はゼロに等しい。アイドル(アイドロイド)は人間ではないからだ。

 その品質保証があるからこそ、アイドロイドはアイドル界を席巻し、生タレを駆逐した。

 ファンは、いつまでもきれいな夢を見ることが出来るようになり、芸能事務所は制御不能な十代の少女を管理するリスクから解放され、上質なエンターテイメントを提供することだけに集中できるようになった。

 最早、アイドル業界におけるアイドロイドの優位性を覆す事など不可能だ。

 AIは、それを踏まえた上で、えげつない条件を少女2に突き付けた。

(それでは、デビューの条件ですが、タレントとして弊社の基準をクリアして頂くことです。その一覧はこちらになります)

 画面に、絶望的条件の一覧が表示された。AIは、ニュースキャスターばりに、細かい文字列を指示棒でさし示しながら、説明を始めた。

 ――タレント活動中における恋愛禁止事項について、弊社所属タレントと同等の保証が出来ること。

 これは、まだぬるい部類だった。

 自分は、恋愛には興味がないと言い張ればいい。こういう場合は、実態がどうであろうと、前向きな姿勢を見せることに意味がある。

 既に、彼氏がいようが、中身が真性のビッチだろうが、そんなことは関係ない。タレント志願者にとって今はチャンスをつかむことが全て。後は野となれ山となれだ。

 当然、少女2もそんなことなど分かっている様子で、自分がいかに男子を拒絶して生きてきたのかについて熱弁を振るった。

 AIは、意外な程おとなしく少女の主張に耳を傾け、これと言ってツッコミを入れることもなかった。

(分かりました。それでは次の項目に移ります)

 一瞬、少女2の表情がぱっと明るくなった。少女が声を弾ませ、嬉し気に微笑む様は、すっかり心の枯れてしまった僕にとっても喜ばしい光景だった。

「はいっ、よろしくお願いします」

 しかし、少女2の笑顔を見たのはそれが最後だった。

 クソAIの執拗な罠はこんなものではなかった。僕は、ここが悪魔が支配するクソ事務所だという事を改めて思い知った。

(それでは、次の項目に移ります)

 モニターが切り替わり、AIが新たな無茶ぶりをかました。

 ご丁寧にも、大切な部分を赤字で強調する念の入りようだった。

 それはどれ一つとして生身の人間にはクリアできない類の、まさに死刑宣告だった。

――スタッフ契約は、毎月更新され、当月の成績が基準の60パーセントを満たさなければ、契約を更新しない。

――スタッフ契約からタレント契約へと切り替える為の条件は、弊社アイドロイドプログラムの80パーセント以上の業績を二か月以上継続してあげること。

 少女の表情がどんどん曇っていく中、これらの条件をクリアするためのタイムテーブルが表示された。

 それは、モニタールーム1の鬼スクロールを自分で起こす事を意味した。こんな仕事量、人間に出来るわけがなかった。

 もちろん、そんなことが分からないAIではない。一応の救済策として、量より質の業績の上げ方は用意されていた。

――弊社アイドロイドプログラム以上に幅広いファン層を獲得すること。もしくは、弊社アイドロイドプログラムには獲得できなかった、新たなファン層を継続して開拓すること。

 この項目を見た瞬間、僕の心は折れた。さようなら少女2。僕は、これ以上見ていられなくなり、天井を見上げた。

 そもそも、人には好き嫌いがあり、どんなに頑張ったところで、全員に支持されるのは不可能だ。一人一人の好みに合わせ自由に姿を変えられるアイドロイドに、生身の人間がファン層の広さで対抗できる訳がない。

 しかも、仮に新たなファン層を開拓できたとしても、それはAIが学習するまでの業績に過ぎない。生タレの一瞬の煌めきは、あっという間に上位互換のアイドロイドに取って代わられることになる。

 瞬間風速的にならともかく、継続的にAIを超えるのはどう考えても無理だ。

「ちょ……こんなの。いつになったらデビューできるんですか?」

 少女2がキレ始めた。

 僕は、ここまで絶望的な状況下で、まだ怒ることが出来るのはある意味すごいことだと思う。この気の強さは、きっとアイドル向きなんだろうと思う。

 生まれてくる時代さえ間違わなければ、全く違う人生だってあり得たはずだ。それが、スタートラインにさえ立たせてもらえない。これは、耐えがたい理不尽だ。

 少女2は、散々怒りをぶちまけると、感極まったのか声を詰まらせた。

「こんなのってないよ……嘘でしょ? 嘘だって言ってよ」

 両手で顔を覆う少女2。僕は、他人事とは思えなかった。恐らく人間の心があれば、少女の姿に心動かされるものがあるはずだ。

(残念ですが……)

 しかし、少女の前にいるのは人ではない。AI面接官だ。

(嘘ではありません。これは絶対条件です)

 AIは、タレント志願者を追い返すために、最も適切な言葉を選んだ。ある意味、職務に忠実な言動と言える。

 しかし、それは人間には難しいことだ。究極のサイコパスでもなければ、こんな事を続けていれば、あっという間に精神を病んでしまうに違いない。

「もうヤダ……最悪」

 少女2は、泣きながら部屋を飛び出した。AIの余りにも感情の薄い挨拶が残酷さを際立たせる。

 僕は、もう帰りたかった。

 それから少女7か8くらいまでの惨劇を見届けたところで、ようやくおっさんから呼び出しの内線が来た。

「いいぞ、帰ってこい」

 僕は、鈴里依舞に声をかけた。

「連絡があったので、戻りましょう」

「はい」

 僕は、何となくおっさんのやりたい事が分かった気がした。鈴里依舞の目はまっすぐ前を見据えていたが、どう考えても無理だ。

 こんな事に付き合わせやがって――僕の我慢は限界を超えようとしていた。

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