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ヒューマノイド∽アイドロイド∅ガール (14)
結局、僕は城ケ崎さんに弁当の希望を聞けなかった。
あれ以上、刺激すると何が起こるか分からなかったからだ。
さっきから、当然のようにおっさロイドが僕の不注意さを煽りまくっている。
いっそイヤホンを外してどこかに消えたいが、そんな事をすればおっさん本体にどんな目にあわされるか分かったものではない。
とにかく、タスクをこなすことだ。弁当の希望を全員分聞くことだけが、この状況を打開するカギだと思った。
だから、僕は声をかけた。鈴里依舞に……。
「すすす、すみません」
そう声を絞り出して数秒、僕は今度こそ本当にこの世から消えてしまわなければいけない程の衝撃に備えた。
たかが付き人に過ぎないゴミカス野郎が、タレント候補様に声をかけたのだ。正直、どんな制裁が待っているのか想像もつかなかった。
「はい、何ですか?」
幸い、鈴里依舞は普通に返事をしてくれた。おっさロイドも特に何も言わず状況を静観してくれている。
僕は、勇気を絞り出した。
「自分、今から飯買いにコンビニに行くので、全員の希望を聞きたかったんですが……今は無理ですよね」
「は、はい……」
鈴里依舞は、何かを察したような表情を浮かべた。多分、この感じは悪くない反応だと思った。
これなら、協力してくれそうだ。そもそも、城ケ崎さんにとっても、この子にとっても悪い話ではないはずだ。
何せ、こちらは二人の分も弁当を買ってこようとしている訳なのだから……。
僕は、思わず自分の都合百パーセントをぶつけた。
「今、城ケ崎さんの希望を聞いてもらう事って出来ますか?」
「ちょっと待ってください」
鈴里依舞は、城ケ崎さんがいる部屋に向かい、しばらくすると申し訳なさそうな顔をして戻ってきた。
「ごめんなさい。城ケ崎さん、今は何も食べたくないそうです」
「そそそ、そうですか……」
僕は、頭が真っ白になった。
このままでは命取りだ。この二人だけに、弁当の希望を聞けばいいなら、どんなに楽だろうと思うが、ここにはラスボスがいる。
行きがかり上、おっさんをスルーする訳にはいかないのだ。その際、あの完璧主義者は当然のように城ケ崎さんと鈴里依舞には聞いたのかと確認してくる。
その際、おっさロイドの容赦ない報告があったら、間違いなく僕はおっさんに……。
気が付けば、僕は鈴里依舞にすがっていた。
「すすす、すみません。後で連絡してもらっていいですか? これ僕の番号です」
スマホを差し出そうとした僕を、鈴里依舞がポカンとした表情で見つめていた。
今聞けなくても、連絡を待っている事にすれば、おっさんのキレ方が少しはましになるかもしれない。
僕は、完全に冷静さを失い、タレント候補様に直接連絡先を聞くという愚行に走ろうとしていた。
「出来れば、れれれ連絡……」
この時のキモ過ぎる映像は、おっさロイドにばっちり押えられていた。その後、しばらくその件でこすられ続けたのは言うまでもない。
鈴里依舞は、それでも普通に僕の話を聞いてくれた。
何だったら、自分のスマホを取り出すそぶりも見せてくれていたが、そこでいきなりイヤホンから強烈なノイズが発生した。
「ぎゃあああああ」
「大丈夫ですか?」
「うわぁっ……ちょ、ちょっとすみません」
僕は、鈴里依舞から距離を取った。ようやくノイズが消えたイヤホンから、おっさロイドのクリアな説教が聞こえた。
(何、依舞に頼ろうとしてるんだ? しかも、連絡先聞くってどんだけだよ? っと、使えねぇなぁ……もういいっ! あとは俺がやる。お前は、このままコンビニにいけ)
「で、でも、社長の希望を聞く前に二人の希望を聞かないと……)
(社長がコンビニ弁当なんて食うわけないだろうが?)
「あっ、はい……」
その瞬間、僕は自分が全くの取り越し苦労をしていた事に気付き、恥ずかしさの余り卒倒しそうになった。
おっさロイドは、そんな僕に冷たく言い放った。
(分かったら、早くコンビニに行け! この役立たず!)
「ハイ、ソウデスネ。ワカリマシタ!」
それから僕は、無我夢中で走った。だだっ広いNKプロの敷地を抜け、近くのコンビニまで……。
ようやく入店にこぎつけた僕のテンションがおかしかったのは言うまでもない。
「つ、着きましったあっつ! 弁当何にしますか? 希望教えてください。今あるのは、えーっと……」
(お前、まさか読み上げるつもりか? 今時、原住民でもしねぇぞ……)
「は、はい……スミマセン」
気が付けば、他の客が僕をゴミを見るような目で見ていた。
さすがに、かなり恥ずかしかった。早く注文を済ませ、ここから出たかった。僕は、店内に並ぶセルフレジの端末の前に立ち、スマホをかざした。
(ちょっと待て……いいぞ!)
もう一度スマホをかざすと端末のディスプレイに鈴里依舞と城ケ崎さんのものだと思われる弁当が表示された。
当然、次のターンは、「残された一人」という事になる。僕は、商品の検索機能を使って適当に弁当を決めると、端末に手を伸ばした。
「じゃあ、次は僕の……」
(何言ってんだ? お前はこれだ!)
何か嫌な予感がしつつディスプレイに目をやると、表示されたのは水とコッペパン一個――ガチでキレそうだった。
目の前の景色が歪み、破壊衝動が沸き起こった。もう我慢しなくていいともう一人の自分が呟いている。
それから、僕がまさに行動に移そうとする寸前に、おっさロイドの声がした。
(冗談だよ。好きなの選んでいいぞ。何キレてんだよ? 全く……)
僕は、ギリギリで踏みとどまった。それからは、比較的順調だった。
ようやくまともな弁当を注文出来た僕は、IDカードを端末にかざした。後は、自動的に商品が出てくるのを待つだけだった。
(お前、本当に注意力無いな)
「何の事ですか?」
(ナンデモナイ……早く帰ってこい。五分以内だ!)
「はいっ!」
三人分の弁当と飲み物を抱え、僕は走った。それだけでも結構しんどいが、おっさロイドアプリが注文した僕のミネラルウォーターは二リットル……どんな拷問だよと思った。
どうやら僕のスマホは完全に人工知能に乗っ取られてしまったらしい。
今では、位置情報から交友関係、下手するともっとプライベートな情報まで漏れてる気がした。
(もっとピッチあげろ! 今、二十三秒遅れだ)
「ファッ……はい」
(次の角右! そこジャンプ!)
「無理ですうううううううっ!」
(また無理か? 昨夜寝る前に見たアレの事依舞達にばらすぞっ!)
僕は、死ぬんじゃないかってくらいに走った。ようやくブ部前に着いた時、いきなり立ちくらみがした。
「べべべ、弁当です」
思わず座り込む僕。鈴里依舞が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫です……ちょっと休めば」
鈴里依舞が心配そうにこちらを見ている。城ケ崎さんはまだ、超ブルー入っていた。
僕は、おっさロイドに訊ねた。
「飯、どこで食べればいいですか?」
(そこの会議室だ)
それから僕は、三人分の弁当をもって、ブ部近くの会議室に向かった。そこにはロの字型に机が並んでいた。
僕は自分の弁当を先に取り分けると、残りを机の上に並べた。ガチ固まり中の城ケ崎さんに代わり、鈴里依舞が受け取りに来た。
「平間さん、ありがとうございます」
「いえいえ、食べたらゴミ置いといてください」
「分かりました」
「じゃあ、僕はこれで……」
僕は、城ケ崎さんを意識しつつ、二人とは少し離れた位置に座った。正直、まだ息があがっていた。とても飯が喉を通る状態ではなく、僕は自分のボリューミーな選択を後悔した。
(お前、残したら分かってるだろうな?)
もう吐きそうだった。汗だくだったこともあり、二リットルあった水の大半が既に僕のお腹に消えていた。
つまりそういうことだ。
僕は、半泣き状態で弁当の最後の一口を飲み込むと、そのまま机に突っ伏した。
それから間もなく、またしてもおっさロイドが吠えた。
(何やってんだ? 食ったらゴミの始末だろうがっ! それに、さっきのは何だ? 自分の弁当だけさっさととりやがって、お前は付き人としてのなぁ……)
もう無理です。僕は、口を押さえつつよろよろと立ちあがった。