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インドア派が遠征魔になった話
【生粋のインドア派だった私が遠征魔になっていたことを振り返っているだけの雑文】
「自由帳にびっしりとマンガを描いて遊ぶのが、楽しくて仕方ないようです」
小学1年生の頃、担任の先生が通信簿に書いてくれたコメントである。
子供の頃から根っからのインドア派。鬼ごっこよりドッジボールより、家の中で絵を描いたり本を読んだりするほうが好きだった。
当然、行動範囲も極めて狭かった。夏祭りの帰りに乗る電車を間違えて半泣きになったこともあるし、高校生になってもバスで小銭の崩しかたがわからず戸惑っていた。学校はずっと徒歩通学で、初めて定期券を持ったのは大学生の頃だった。
そんな私が、今や2ヶ月に1度は飛行機に乗る遠征魔となった。
そもそもの始まりは10年前に遡る。
友人が気軽に勧めてくれた1曲のロック。
格好良いな、もっと聴いてみたいな、と思ったときには既に夢中になっていた。
もともと音楽は好きだった。ただし、流行りの曲をいろいろ聴くのではなく、好きになったアーティストを偏執的に聴くタイプだった。
私の狭いストライクゾーンを、そのバンドはまっすぐに貫いてしまった。
手に入る音源を少しずつ集めた。
聴いても聴いても飽きなかった。好きな曲がどんどん増えていく。
その頃の私は精神的にかなり参っていたのだが、心の支えのように聴き続けていた。
そしてある年の冬。
何気なくアクセスした公式HPに、リリースツアーの告知を見つけた。
私は関西の人間だ。だから大阪公演の日付を見た。平日で、仕事のある日だった。けれど、仕事を定時で上がれば行けてしまうと――そして会場で新しいCDが買えると――気づいてしまった。
そもそも私はライブなるものにも縁が無かった。お小遣いは限られていたし、門限もあったし、学生時代はアルバイトで忙しかった。社会人になり、一人暮らしを始め、初めて参戦したライブの席は「大阪城ホールの、スタンド席の、後ろから数列目」である。アーティストというのは豆粒のようなサイズ感で見るものなのだと思っていた。
翻って、このときの会場は「心斎橋にある、キャパシティ200人のライブハウス」である。
なにが起こったか。
私は爆音に殴られた。
ステージとの近さに、圧倒的なリアルに、衝撃を受けた。
音というのは聴くのではなく、頭から浴びるものなのだと理解させられた。
現場がいちばんだと、気づいてしまった。
それからというもの、大阪でのライブには足を運ぶようになった。
あるとき、名古屋でちょっとした珍しいイベントが企画されることを知った。迷った末にまんまと誘い出され、私は人生初の遠征を果たすことになる。
名古屋まで行ったら東京もすぐである。大阪ー東京間の往復に掛かる費用は新幹線でも飛行機でも大して変わらないということを、私はこのとき知った。
1年後、私は雪の秋田空港に降り立っていた。彼らの本拠地は秋田県なのである。
もう戻れない場所に来てしまったことを悟った。
私は、マイルを貯め始めた。
バンドを追いかけて、あちこちに出かけた。
大阪、神戸に京都。名古屋。東京。横浜。千葉。仙台。新潟。それから秋田。
関西人のくせに、JR秋田駅の周辺に詳しくなった。秋田市から更に2時間かけて大館市まで行ったこともある。
きりたんぽ鍋を満喫した。
ふと見上げた星空に言葉を失った。
雪の空港に着陸するスリルを味わった。
ライブハウスで新しいバンドに出会った。
各地の神社で御朱印を頂く楽しみを覚えた。
立ち寄った美術館で、運命的な作品と出会った。
そして、同じバンドを愛する仲間がたくさんできた。
高速バスのような気分で飛行機に乗る、と言うと、「信じられない」と笑われる。
遠くから来てくれてありがとう、と言われても、「全然遠くない」と本気で思っている。
たった2時間のライブのために、ときには30分のイベントのために、飛行機に乗る。
現場でしか得られないものがある。音圧とか、響きとか、温度とか、空気とか。
それが欲しくて、遠征を繰り返すようになった。
私はただ、音楽が欲しかっただけだ。
けれど、得られたものはそれだけではなかった。
ご当地グルメだってそうだ。観光名所だってそうだ。地元のスーパーをひやかして、「関西じゃ見たことない!」というものを買うことだって楽しみだ。家から遠く離れた場所でしか味わえないことがある。見られない景色がある。
遠く離れた場所に住む友人と、ライブハウスで再会する。今日のセットリスト最高だったね! と興奮し、転職決まって良かったね! と祝い、また現場で会おうね! と約束して別れる。
そしてまた、どこかのライブハウスで再会する。
家と地元に篭もってばかりでは、想像もできなかったような場所に立っている。
私はバンドに人生を変えられたと思っている。本気である。
私は音楽と、広い世界を手に入れた。
ちなみに今年の遠征回数は11回である。
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