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初めてのスキーで泊まった温泉宿

 今から四十年ほど前、私が初めてスキーに行った時のことです。

 ゲレンデにはユーミンの曲が流れ、派手目のウェアの女の子が、髪をなびかせ颯爽と滑っている。スキーには、そんなイメージを持っていたので、楽しみにしていました。

 同僚と三人で夜通し車を走らせ、明け方、宿に着きました。
 私のイメージとはまるで違う、湯治場の安宿という風情の宿でした。

 仮眠させてくれと頼むと、快く応じてくれました。

 きしむ廊下を通り、奥まった部屋に案内されました。
 部屋の入り口には「オレンジの間」とあります。ネーミングのセンスに驚きながら中に入ると、四畳半くらいの小さくて汚い部屋。私の学生時代のアパートのようです。元は白かったと思われるカーテンや壁が、タバコのヤニとホコリで黄色くなっています。
「ああ、だからオレンジの間。」と納得。

 「仮眠するだけだから、なんでもいいや」と、小さなこたつに三人で足を突っ込んで寝ました。

 スキーが終わって戻ってくると、宿の人が、すまなそうに「部屋の都合がつかなくなってしまったので、あの部屋でお願いしたいんですが、、。」と言ってきました。

 納得は行きませんでしたが「寝てしまえば、部屋が綺麗だろうが汚かろうが、関係ない。」と了承。

 部屋に入り、しばし無言。

 なんだかわかりませんが、ドアのところの柱に、一本釘が打たれていて、たこ糸がぶら下がっています。

 風呂にでも行こうか、ということになりました。ところが鍵がありません。
 たこ糸は、ドアと柱を縛り付けるためのものだったのです。納得。

 たこ糸の鍵は、外からは使えません。

 仕方ないので交代で風呂に行くことにしました。

 ところが、最初に行った同僚が程なく戻ってきました。わけを聞くと、風呂に入っていたら、いきなり婆さんたちが入ってきたそうです。同僚に気付くと「気にしなくていいから。わだしら、男と同じだから。あはは。」と笑ったそう。なんともバツが悪く、逃げてきたということでした。

 そんな話を聞いたら、風呂に行く気がなくなりました。

 「大浴場というんだから、小浴場もあるはず」と、探してみると、ありました。

 ところが、真っ暗で、人の気配がありません。恐る恐る、そっと開けてみました。
 かつての小浴場は、物置きになってしまったらしく、いろいろなガラクタが置いてありました。浴槽に、こたつが置いてあるのが、なんとも不思議な光景でした。

 仕方なく、婆さんたちが出るのを待って大浴場に入りました。
 寒さと疲れに包まれた体に温かい湯が気持ちよく、正に至福の一時でした。

 あれから四十年。
 「今もあの旅館はあるのかな」と調べてみると、ありました。当時の寂れた面影が微塵もない、立派な旅館になっていました。
 東北の有名な温泉です。

 昔はネットもなかったので、下調べも出来ず、ひどいところに何回か泊まりました。懐かしい思い出です。


#至福の温泉 #温泉宿 #初めてのスキー

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