一郎さんは退職してからテレビを見る時間が増えた。 仕事をしていた頃は、朝ドラなど見ることもなかったが、今は日課になってしまった。 そうなると、夫婦でテレビの前にいる時間も増える。 一郎さんは恋愛ドラマは見ないが、それ以外のドラマやバラエティなどは奥さんと一緒に見ることになる。ここに困ったことが起こる。 一郎さんは、最近の若い人たちの顔が皆同じように見えて、覚えられない。 例えば、朝ドラではカツラをつけて着物を着ていた女優が、コマーシャルに普通の格好で出てきた
私の家から少し離れた所に、小さな川が流れています。その川の向こうは隣村です。 子どもにとっては、川の向こうは異世界でした。川を越えて遊びに行くことは滅多にありませんでしたが、行く時は、必ず三、四人で行きました。 その川が湖に流れ込む河口には、流れに運ばれてきた砂がたまり、遠浅の浜辺のようになっていました。子どもたちの格好の遊び場で、「しじみ川」と呼ばれていました。 昔はしじみが獲れたらしいのです。 私が小学五年生の時でした。 田おこしは終わっていましたが、水は
一郎さんは、滅多に風邪を引くこともなく健康なのだが、胃腸が少し弱い。若い頃は、よく腹を下していた。 ある時、便秘をしているところに下痢が来た。その時の痛みといったら、それまでに経験したことがなく、想像を絶するものだった。 その時の状態を例えてみるなら、「栓をしてあるサイダーを思い切り振った時のよう」と言ったらいいかもしれない。 膨れ上がった炭酸の泡の一粒一粒が、外に出たくて猛烈な勢いで上ってくる。しかし栓に遮られて出られずに暴れ狂って、ビンにも栓にも はち切れんば
町に古い映画館がありました。 百日のうちの八十日は成人映画、残りの十日が青春映画、残りの十日が子ども向けの映画をやっているような映画館です。 その映画館のおじさんが、時々 小学校の前で割引券を配っていました。(もちろん子ども向け映画の。) ある時、アニメ映画『鶴の恩返し』の割引券を配っていました。 誰かがそれを先生に見せると、先生は、「これは、とてもいいお話だから、観にいくといいよ。』と言いました。 私は家に帰ってから、母親に「先生が、これ観てきなさいと言
五十になった年、中学校の同窓会がありました。 私も幹事を頼まれました。 幹事の初顔合わせは、同級生の居酒屋で行われました。 発起人の女性陣は暇なのか、「ここは火曜が定休日だから、これからもここを借りて火曜の夜にやろう。」と言います。 私は「悪いけど出られない。何でもやるから適当に進めてくれ。」と言って、後は欠席させてもらいました。 それからしばらくして、当日の段取りの連絡が来ました。 「開会の言葉」「恩師の挨拶」「乾杯」と来て、次が幹事代表のスピーチになるの
私の住んでいる所は雪があまり降りませんが、たまに降ると、ほんの少しの雪でも交通トラブル等が発生して、パニック状態になります。 「雪はいやだなあ。降ってほしくないなあ。」と思います。 それなのに、雪が降って周りが白一色の別世界になると、その美しさに感動し、気分が高揚したりします。 (雪の多い地方の皆さんには、「何を呑気なこと言ってるんだ。」とお叱りを受けそうです。) 正岡子規の俳句に 「いくたびも 雪の深さを 尋ねけり」 があります。 温暖な地で育っ
若い頃、職場の先輩Mさんと北海道に行った時のことです。 大雪山と利尻岳に登るのが主な目的でした。 初めに大雪山に登りました。 利尻岳は途中から雨になり、避難小屋で天気回復を待ったりしたので、予定よりだいぶ時間がかかってしまいました。 下山すると、稚内への最終フェリーは出てしまっていたので、その日も利尻に泊まることになり、次の日からの行程が少しきつくなりました。 次の日は、稚内から観光しながら知床方面に向かいました。 泊まる所は決めていません。 日が
今から四十年ほど前、私が初めてスキーに行った時のことです。 ゲレンデにはユーミンの曲が流れ、派手目のウェアの女の子が、髪をなびかせ颯爽と滑っている。スキーには、そんなイメージを持っていたので、楽しみにしていました。 同僚と三人で夜通し車を走らせ、明け方、宿に着きました。 私のイメージとはまるで違う、湯治場の安宿という風情の宿でした。 仮眠させてくれと頼むと、快く応じてくれました。 きしむ廊下を通り、奥まった部屋に案内されました。 部屋の入り口には「オレン
小学生の頃の夏休みの宿題に『夏休みの友』というのがありました。 『ちびまるこちゃん』を見ていたら、まるこが、「あーやだ。どこが『夏休みの友』なのさ、こんなヤツ友達なんかじゃないやっ。」と言っていました。 私は、まるこも『夏休みの友』やってたんだ、と感激しました。(実際には作者の さくらももこ ですが。) 地域によって、『夏の友』『 夏休み帳』など、名前は違ったようですが、どこにも同じようなものがあったらしいです。 私も、まること同じように、夏休みの終わり頃、
社会人になったばかりのこと。 その日、仕事が終わり一息ついていると、セールスマンがやってきた。ブリタニカ百科事典のセールスだった。 滔々とブリタニカ百科事典の素晴らしさを語り始めた。 「百科事典の最高峰で、他の百科事典とは、ものが違うんです。中身はもちろん、紙の質も製本も、他の百科事典とは比較にならないんですよ。」と言うや、百科事典を開き、その1頁をつかんで持ち上げ、乱暴に揺すって見せる。 「普通ならひとたまりもないですよね。どうして破れないかわかりますか?
子どもにせがまれて、生き物を飼ったことありませんか。 私は子どもが小さい頃、夏祭りで金魚すくいをして持って帰ったので、その金魚を飼いました。 金魚すくいをした人たちは、あの金魚をどうしているのでしょう。 袋に入ったまま捨てられているのを見かけたこともあります。 すくった金魚を救う「金魚救い」のバケツでも置いておけばいいのにと思いました。 さて、友人のMさんは息子さんにせがまれて、ペットショップで亀を買ったのですが、息子さんはすぐに飽きてしまい、Mさんが面倒を
娘が幼稚園に入ったばかりの頃のことです。 初めて親から離れるので、嫌がらずに行けるか、とても心配でした。 初日、珍しさもあってか、園のバスに私たちが拍子抜けするくらい元気に乗っていきました。 ところが二、三日すると、バスに乗るのを嫌がるようになりました。 仕方ないので、朝は私が送っていき、帰りだけ園のバスを利用することになりました。 娘を送っていくと毎朝のように、園の駐車場で男の子を送ってくる女の人に会いました。 私が都合の悪い時は、妻が送っていっ
庭の桜が、咲き始めのピンクから次第に白へ、そして薄墨色へと変わり、今は花びらの数も減り、葉桜になりかけています。 満開の時、夕方の薄暗い中で見ると、怖いくらい妖しい雰囲気を漂わせていることもあります。 日本人の桜に対する思い入れの強さか、日本には桜にまつわる言葉がたくさんありますね。 「花曇り」「花冷え」「花吹雪」 「花筏」、、。 ちょっと趣を異にする「姥桜」という言葉もあります。 姥桜とは、どういう意味なのでしょう。 本来は、ヒガンザクラのように「葉
60も半ばになると、学生時代は遠い昔。学んだことのほとんどは忘れてしまいました。 そんな中、「桜の語源」について教わったことは、よほど印象的だったのか、今でも覚えています。 ネットからの補足を加えながら、以下にまとめてみました。 春から夏にかけての言葉に「さ」の付く言葉がいくつかあります。 「桜」「早苗」「早乙女」 「さなぶり」「皐月(五月)」 「五月雨」など。 この「さ」はなんでしょう。 この「さ」は、「農耕の神(田の神とも)」を意味するそうです
テレビを見ながら初老の夫婦が話しています。 「ねえ、生まれ変わりって、あるのか な。」 「どうかな。俺はないと思うよ。」 「本で読んだことあるんだけど、人間 は魂の成長のために生まれてくるそう よ。でも、たかだか百年足らずでは、 いくらも成長しないから、何度も生ま れ変わるんだって。 成長し終わると、人間界の上の天上 界という所に行くんだって。」 「へえー。天上界ねえ。」 「かぐや姫は天上界に住んでたんだけ ど、何かやらかして人間界に降
小学校への通学路は約3キロ、歩いて一時間くらいかかりました。 朝は遅刻しないように、きちんと歩きましたが、帰りは時間を気にしなくてよいので、遊びながら帰りました。 私の隣の集落は、田んぼが山の方に大きく入り込んでいるので、道路もそこで大きく曲がっています。 長い時間歩いて帰ってくると、すぐそこに自分たちの集落が見えているのに、真っ直ぐ進めないのです。 わざわざ分度器の丸い方を行くように、山沿いを歩くしかありません。 「真っ直ぐ行ければいいのに。」と皆で