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『FLEE フリー』とアニメーション ドキュメンタリーの世界【レビュー,感想,解説,批評】

『FLEE』概要

ストーリー(公式サイトより)
アフガニスタンで生まれ育ったアミンは、幼い頃、父が当局に連行されたまま戻らず、残った家族とともに命がけで祖国を脱出した。
やがて家族とも離れ離れになり、数年後たった一人でデンマークへと亡命した彼は、30代半ばとなり研究者として成功を収め、恋人の男性と結婚を果たそうとしていた。
だが、彼には恋人にも話していない、20年以上も抱え続けていた秘密があった。あまりに壮絶で心を揺さぶられずにはいられない過酷な半生を、親友である映画監督の前で、彼は静かに語り始める…。

本年度アカデミー賞にて、史上初となる国際長編映画賞、長編ドキュメンタリー賞、長編アニメーション賞の3部門同時ノミネートを果たした、アニメーション・ドキュメンタリー作品。

『FLEE』鑑賞直後の感想

7〜80年代,ソ連とムジャヒディン(アメリカ)によって泥沼化したアフガニスタン難民男性のインタビューを元にしたアニメーション・ドキュメンタリー。

アニメーション・ドキュメンタリー自体の歴史は1909年まで遡るが、本作は正にその手法だからこそ、アフガニスタン難民でありゲイである主人公の体験を自分事として認識しうる作品になっています。

一方、アニメによって
ドキュメンタリーについて回る問題である、〈ある種の誇張〉や〈フィクション性〉、〈白人目線による当て込み〉が強調されてしまったという声も一定数あります。

しかし、歴史の教科書や新聞ではほんの数行で語られる異国の物語を、ここまで自分事化される可能性が他の手法では有り得たでしょうか?

監督が当初考えていたラジオ・ドキュメンタリーや、(匿名性の問題が解決されたとして)インタビュー中録画した実写映像にフッテージを交えたドキュメンタリーだったらどう需要されただろうか?と考えると、今回アニメーション・ドキュメンタリーという手法を選択した事は完全に正しいと思います。

アニメーション ドキュメンタリーとは

アニメーション ドキュメンタリーとは簡単に言えばアニメーション表現を用いたドキュメンタリー作品。英語でのAnimated Documentary - アニメ化されたドキュメンタリー - の方が表現としてはしっくり来るかもしれない。

その歴史は意外と古く、1918年 ウィンザー・マッケイによる『ルシタニア号の沈没』が最初の1本と言われている。

ルシタニア号の沈没 1918
1915年5月7日, イギリス船籍の豪華客船ルシタニア号がドイツのUボートの攻撃を受け沈没、1198名が死亡した。アメリカ人が128人含まれており、アメリカがモンロー主義(孤立主義政策)を一転して第一次世界大戦へ参戦するきっかけとなった。
1915年当時ニューヨークで漫画家、アニメーターとして成功を収めていたウィンザー・マッケイは同事件に強く喚起されて、アニメーション作品の制作を決意。1915年から3年を費やし、生存者への取材をもとに約2万5000枚とされる作画で10分弱の大作を作った。この長さは、公開当時、最も長いアニメーション作品と呼ばれていた。またこの作品は、現存する最古のドキュメンタリー・アニメーションであり、当時商業的には成功しなかったが、2017年にはナショナル・フィルム・レジストリーが保存を決定している。
※実際の記録映像がない事件について、記録映像を後から作成したという側面が有り、その意味では前回紹介したメリエスのドレフュス事件と共通する所がある。メリエスのはアニメではないが。

しかし、それ以前にも、例えば1909年:どうやって蜘蛛が糸を使って飛ぶのかアニメで示したドキュメンタリー『How Spiders Fly』や、1915年 : ダーダネルス海峡での戦い(ガリポリの戦い)を描いた『Fight for the Dardanelles』などがある。

そして、これら初期の作品から、既にアニメーション ドキュメンタリーの特徴が見えてくる。
つまり、〈実写では捉えることの出来ない/困難な対象を、アニメーションで表象する〉という事だ。

しかし、アニメーションにおける新たなジャンルとして定着したのはデジタル技術の発展した近代になってからで、このジャンルにおける最初の研究所が出版されたのは2013年だ。奇遇にも、『FLEE』のヨナス監督が今回の手法を取るきっかけになったアニメーション・ドキュメンタリーに関するワークショップに参加したのと同じ年だ。

アナベル・ホーネス・ロウ 『Animated Documentary』

イギリスの研究者アナベル・ホーネス・ロウ氏による『Animated Documentary』では、アニメーションがドキュメンタリーのポテンシャルを押し広げるという立場の元、多数の作品を引用しながらドキュメンタリーがアニメーションを利用する理由について分析が行われている。
因みに、本の表紙になっているのは1997年『Feeling My Way』。街を歩く主人公のフィーリングをアニメで表した6分程度の作品。フィクションでありながら、事項で挙げるアニメーション・ドキュメンタリーの特徴をよく表しており、実写よりアニメの方がよりパーソナルな視点を観客に共有させ得るという事も示唆させる作品。

アニメーション ドキュメンタリーの機能とは

私はまだ全部を読めていないのだが、土居 伸彰氏によれば、本書で語られるドキュメンタリーで使われるアニメーションの機能は大きく3つある。

先に挙げた〈実写では捉えることの出来ない/困難な対象を表象する機能〉
身近な例で言えば、恐竜や太古の歴史など、実写で撮影する事が不可能かつフッテージも残っていない題材のドキュメンタリーでは、アニメーションが使用されるケースが多い。

②〈実写とは全く違う表現をしつつも、現実との接点を保とうとする機能〉例えばインタビューの語る言葉をビジュアルとして提示することで、解釈を施し理解を促すという点で効果を発揮する。
インタビュー音声は、その語る内容はもちろん、声色やその調子、語り方そのものが大きな情報を担っている。アニメーションは、そういった情報を増幅し、ビジュアルとして具現化するツールとして、非常に有益なものである。また、社会的なタブーや法に触れるテーマなど、インタビューに答えた個人が特定されることでその本人に著しく不利な結果がもたらされる場合、インタビュイーを本人とは異なるビジュアルとして提示することにより、プライバシーを保護することができる。

③〈実写では伝えづらい概念や感覚を伝える機能〉
初期の例で言えば、1920年代の教育ビデオでは、相対性理論や進化論を説明するのにアニメが使われている。

それ以外にも、2010年『 An Eyeful of Sound』では聴覚的な刺激を視覚的にも感じる共感覚者の世界を、アニメーションで表現している。

アニメーション・ドキュメンタリーとしての『FLEE』

さて、これらの特徴を踏まえたうえで『FLEE』を振り返ってみると、見事にその全てが網羅され、有機的に機能した結果、大きな感動を産んでいる事が分かるかと思います。
アフガニスタン人で難民/ゲイであるアミンのナラティブを自分と変わらぬ仲間の物語として体験し得る作品になっているのです。
興味深いのはヨナス監督のラジオ・ドキュメンタリーでの経験も活かされている点です。作品冒頭のインタビューシーンであるように、相手を寝かせ、目を閉じて貰い、「具体的にどんな場所なの?、彼の服装はどんなだった?、そこはどういう匂いがするんだい?」と、ビジュアルやその場の雰囲気を表現させていく、一見セラピーのようなやり方はヨナス監督がラジオで培った手法です。それらのインテビュー素材が後にアニメーション化を決定した際、アニメーターが参照出来るビジュアルイメージとして機能したことは言うまでもありません。

一方、本作でアニメという手法を取った事によって、ドキュメンタリーについて回る問題である、〈ある種の誇張〉や〈フィクション性〉、〈白人目線による当て込み〉などが強調されてしまったという声も一定数あります。
それらの側面を無視する訳ではありませんが、その見方は余りに表面的/近視眼的ではないでしょうか? 先に挙げた『Feeling My Way』『 An Eyeful of Sound』の例を挙げずとも、アニメ大国で幼い頃よりアニメーションに触れて来た身からすると、アニメの方が実写よりも事実を共有し得るというのは自明の事のように思えます。(勿論、全てがそうという訳ではないが。)

本作で印象的な冒頭、『Take on me』にのせて思い出される少年時代の描写はa-haのMVを思わせるタッチから徐々に解像度が上がりっていき、姉の服を着て通りを走るアミンの生き生きとした姿が映し出されます。

アミンさんのハニカミがちな語りと共に描かれる、街並みや、チラと映る誰かの家の中のポスターから当時の状況を一望出来ると共に、歴史を知る我々は彼にこれから起こるであろう状況を想像したり、現在のアフガニスタンと対比させて、今振り返ればフィクションのような当時を追体験する事になります。

このように、ヨナス監督とアミンさんのインタビュー音声や要所で差し込まれる実写のフッテージによって現実との接点は保ったまま、それをアニメーションで補完/増幅するという営みは全編に通底しています。

『FLEE』と、アフガニスタン近代史

本作では、アフガニスタンの状況というよりは、主人公アミンに寄り添う形で難民やLGBTQである事のアクチュアリティーを重視している。が、アフガニスタン史をザックリ復習しておく事も重要だろうと思うので、以下に記載しておく。アミンは3歳か4歳頃,,,と回想される場面で85年のヒット曲『Take on me』を聞いているので81-2年頃の産まれかと思われる。つまりソ連が進行して2-3年目頃だ。
因みに、70年代末、乱戦が始まる前のアフガニスタンは豊かだった。
シルクロードの華も呼ばれ、海外旅行が大衆化した70年代のアフガニスタンはバックパッカー天国でもあった。ソ連が進行した初期、つまりアミンの幼少期にはまだその名残があったのかもしれない。
その後、アメリカも介入し、状況は泥沼に陥る。アミン一家が冷戦後のロシアに逃れたのは1992年、首都カブールが陥落し共産主義政権が崩壊する直前だと思われる。
以下、筆者作成の簡易年表。

リズ・アーメドとアミンの対談

監督ヨナス・ポヘール・ラスムセン

デンマーク出身の監督ヨナス・ポヘール・ラスムセンは、1981年産まれの現41歳。祖父はデンマークで有名な詩人ハーフダン・ラスムセンで父はミュージシャン、その他親族も作家や女優などで、芸能一家と言えるだろう。
ヨナスは高校卒業後からラジオのドキュメンタリー番組を手掛けるようになる。2006年には『Noget om Halfdan』(詩人である彼の祖父についてのドキュメンタリー)で長編映画デビューし注目されるようになる。その後Super16(3年制の映像学校)在学中にいくつかのショートフィルムを作成。
以降、映像とラジオで主にドキュメンタリー作品を作り続けている。『FLEE』以前では『Searching for Bill』(2012) , 『What He Did』(2015年)で賞を取っている。

監督のフィルモグラフィー(VIDEN OM FILMより)

作中で描かれるように、ヨナス監督は15歳の頃、ヨナス監督の住んでいた街に移動してきたアミンさんと電車内で出会い、以来約26年の仲という事です

以下、参考にした監督インタビュー動画等

その他のアニメーション・ドキュメンタリー関連作品

アニメーション・ドキュメンタリー映画の代表的な作品には、レバノン内戦を題材とした『戦場でワルツを』(2008年)や、韓国系ベルギー人であるユン監督の半生を描いた『はちみつ色のユン』(2012年)。
また、『FLEE』と同じアフガニスタンを描いた『ブレッドウィナー/生きのびるために』(2017)も、原作小説がパキスタン難民キャンプでの聴き取りを元にしている事を考えれば含める事が出来るかもしれない。同じような例で、マルジャン・サトラピ監督自身の自伝的漫画を長編アニメ化した映画『ペルセポリス』(2007)もそうだろう。

近年印象深かった例としては上記になろうかと思うが、その他にも関連作は沢山あり、ここでは主に『Animated Documentary』で引用されている作品に筆者が加筆したものを参考として羅列しておきたいと思う。アニメーション・ドキュメンタリーのみでなく、それと近しいもの、相互に影響あるものも含まれる。

How Spiders Fly (Percy Smith, 1909)
Fight for the Dardanelles (Percy Smith,1915)
Sinking of the Lusitania, The (Winsor McCay, 1918)
Tommy Tucker’s Tooth (Walt Disney, 1922)
Einstein’s Theory of Relativity (Fleischer Brothers, 1923)
Mechanics of the Human Brain, The(Vsevolod Pudovkin, 1926)
Adventures of Prince Achmed, The(Lotte Reiniger, 1926)
Clara Cleans Her Teeth (Walt Disney, 1926)
Housing Problems (Arthur Elton and Edgar Antsy, 1935)
Snow White (Disney, 1937)
Four Methods of Flush Riveting (Disney, 1940)
Why We Fight (Frank Capra, 1942–5)
Moonbird (John and Faith Hubley, 1959)
Windy Day (John and Faith Hubley, 1967)
Walking (Ryan Larkin, 1969)
No Lies (Mitchell Block, 1973)
Cockaboody (John and Faith Hubley, 1973)
Confessions of a Foyer Girl (Aardman, 1978)
Down and Out (Aardman, 1978)
Conversations Pieces (Aardman, 1983)
This is Spinal Tap (Rob Reiner, 1984)
Thin Blue Line, The (Errol Morris,1985)
Shoah (Claude Lanzmann, 1985)
Drawn People (Harrie Geelen, 1985)
Some Protection (Blind Justice, Marjut Rimminen, 1987)
Someone Must Be Trusted (Blind Justice,Christine Roche, 1987)
Murders Most Foul (Blind Justice, Gillian Lacey, 1987)
All Men Are Created Equal (Blind Justice, Monique Renault, 1987)
Blind Justice (Orly Yadin, 1987)
Lip Synch (Aardman, 1989)
Creature Comforts (Aardman, 1989)
Everything’s for You (Abraham Ravett, 1989)
A is for Autism (Tim Webb, 1992)
Jurassic Park (Steven Spielberg, 1993)
Survivors (Sheila Sofian, 1997)
Project Incognito (Bob Sabiston, 1997)
His Mother’s Voice (Dennis Tupicoff, 1997)
Feeling My Way (Jonathan Hodgson, 1997)
Roadhead (Bob Sabiston, 1998)
Silence (Sylvie Bringas and Orly Yadin, 1998)
Walking with…franchise
Walking with Dinosaurs (BBC, 1999)
Snack and Drink (Bob Sabiston, 1999)
Making of Walking with Dinosaurs(BBC, 1999)
Waking Life (Richard Linklater, 2001)
Conversation with Haris, A (Sheila Sofian, 2001)
Hidden (David Aronowitsch and Hanna Heilborn, 2002)
Blue Vinyl (Judith Helfand and Daniel B. Gold, 2002)
Bowling for Columbine (Michael Moore, 2002)
Obsessively Compulsive (AnimatedMinds, 2003)
It’s Like That (Southern Ladies Animation Group, 2003)
Light Bulb Thing, The (Animated Minds, 2003)
Animated Minds (Andy Glynne, 2003, 2009)
Backseat Bingo (Liz Blazer, 2003)
Dimensions (Animated Minds, 2003)
F.E.D.S., The (Jennifer Deutrom, 2003/4)
Fish on a Hook (Animated Minds, 2003)
Grasshopper (Bob Sabiston, 2003)
Polar Express, The (Robert Zemeckis,2004)
Ryan (Chris Landreth, 2004)
Wallace and Gromit in The Curse of the Were-Rabbit (Steve Box and Nick Park, 2005)
Scanner Darkly, A (Richard Linklater, 2006)
Naked (Mischa Kamp, 2006)
She’s a Boy I Knew (Gwen Haworth, 2007)
Stranger Comes to Town (Jacqueline Goss, 2007)
Irinka and Sandrinka (Sandrine Stoïanov, 2007)
Learned by Heart (Marjut Rimminen and Päivi Takala, 2007)
Chicago 10 (Brett Morgen, 2007)
Even More Fun Trip, The (Bob Sabiston, 2007)
Waltz with Bashir (Ari Folman, 2008)
Photograph of Jesus (Laurie Hill, 2008)
Battle 360 (The History Channel, 2008)
Tying Your Own Shoes (Shira Avni, 2009)
Prayers for Peace (Dustin Grella, 2009)
Age of Stupid, The (Franny Armstrong, 2009)
Alien in the Playground, An (Animated Minds, 2009)
Becoming Invisible (Animated Minds, 2009)
Eyeful of Sound, An (Samantha Moore, 2009)
Wonders of the Solar System (BBC, 2010)
Little Deaths (Ruth Lingford, 2010)
Exit Through the Gift Shop (Banksy, 2010)
Green Wave, The (Ali Samadi Ahadi, 2010)
Places Other People Have Lived (Laura Yilmaz, 2011)
Planet Dinosaur (BBC, 2011)
Next Day, The (National Film Board of Canada, 2011)
Khodorkovsky (Cyril Tuschi, 2011)
Abuelas (Afarin Eghbal, 2011)
American Homes (Bernard Friedman, 2011)
Trouble with Love and Sex, The(Jonathan Hodgson, 2012)
Centrefold (Ellie Land, 2012)

参考:サイト等


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