いつも通りの一日。
うなぎパイが届いた。頂き物である。早速包み紙をはがして、箱を開けた。
初見の感想は、おぉ、長いなぁ。だった。
定規くらい縦長の個包装のお菓子が束で入っている。鰻の姿を模しているのだろう、ぱっと見たところ目測で20センチ近くある。
透明な封を切ってパイ生地を口に含む。サクサクと軽快な歯ごたえ。薄い層でできた生地からほんのり漂う香ばしさと、柔らかな甘さ。
ふむ。美味しい。
私は玄関先で上着を着込んでいる夫に、
「食べていく?」
と、声を掛けた。
「くわえていく」
「出会っちゃうよ」
パンを咥えて、遅刻遅刻、と走る女子高校生のように、運命の誰かと。という意味合いだった。すると夫が一言。
「鰻と」
「鰻と!?」
曲がり角で運命の人とゴツンとぶつかって恋が始まる体で話していたのだけれど。
「なんで鰻?」
「親の敵。お前、俺の母親を食ったな!って」
飛び出してきたのはウニョロンと長い体を引きずった、ツルリと黒い鰻で、復讐のためであった。私はしみじみと言った。
「母親を食べるつもりはなかったんだけど、作る過程で粉になってパイに練り込まれてるからねぇ……」
『血で血を洗う戦いになるねぇ』と、続けるつもりでいたのだけれど、
「ちでちで洗う戦いになるねぇ」
つい噛んだ。
夫がすかさず指摘する。
「ちてちてって言った」
「言ったねぇ」
私はしれっと返した。血ですらないが、私の言い間違いや変な言い回しを夫が拾って、別の表現に広げていくのは、日常茶飯事だった。
彼はしきりに感心して、
「ちてちて洗うって、いいね」
新しい発見をした子供みたいに、嬉しそうに笑って続ける。
「小さい子が手を洗ってる絵にちてちてって擬音が書いてあったら、ちょっとすごい。かわいい」
洗面台に立つにも踏み台が要るくらい幼い子供が、紅葉みたいな小さな掌を蛇口の水に伸ばす姿を想像してみた。
『とてとて歩く』に似た、丸みのある拙い動きの音に、水のはじける音が重なるようで、確かにかわいいかもしれない。
私は内心、ふふ、と笑った。
「ちてちて、いいよ。メモしておきなよ」
夫はそう言って、玄関の扉を開けて出掛けていった。
いつも通りの何気ない一日が、新しい一年の始まりとともに、緩やかに動き出してゆく。