落花生を投げてみる。

日もすっかり落ちた頃、仕事を終えた夫がソファーでスマートフォンを弄っていた。私はその隣にドカッと腰を下ろして、足を組んだ。

「邪魔しにきたぜ」

私が言うと、

「邪魔していいわよ」

と夫が答える。

こういう時、夫のスマートフォンには大抵twitterのタイムラインが表示されている。曰く、日々、twitterが手放せないくらい見ているらしい。

「明日節分だから、夫はあれを買って、娘と食べてね。長いやつ」

私は夜まで出掛けるので、と付け足す。夫が思い出したように言った。

「あぁ、太巻き。節分なのね。忘れてた」

「豆はどこで撒こうかね」

「玄関かな。豆は掃除が大変だし、落花生にしよう」

豆は悪い物を浄化する、という事で、鬼に向かって投げるのでは、と思う。果たしてそれをピーナッツに置き換えたところで、清めの塩と砂糖を間違えた感が否めないけれど、効果のほどはいかばかりだろう。

「じゃあ、私が帰ってきてドアを開けたら、すぐさま娘が投げつけるという算段で。『鬼は外ー』って言いながら家に入るから」

「妻、帰ってきて休みなくなの」

夫が笑う。こちらへふと視線を送って、私の膝に軽く触れた。

以前、

「あなたは私があなたを好きだって、どこで判断してるの?」

と夫に尋ねたことがある。昔から私たちは特段好きだとかどうとかいう言葉を交わさない。少し間を置いて答えが返ってきた。

「身体的接触かな」

「身体的接触」

やけに用語的な固い響きの言葉が出てきたので、思わず租借するみたいに繰り返した。夫が続けて噛み砕いて言う。

「妻は踊りを踊ってくれるでしょう?」

「踊るね」

「触っても怒らないでしょう?」

「怒らないね」

「嫌なら嫌な顔をして、やめてよっていうでしょう?」

「その場合、単に踊るのや触られるのが嫌なだけかもしれないよ。好きか嫌いかの基準としては、曖昧な気がする」

取りあえず、夫はやたらと踊ろうとする。ひとりでも割と踊っている。最近では、娘も踊ろうとするようになってきて、例えば先日も、手をつないだときに、

「せっかく手をつないだから踊ろう」

と私の手を握ったまま、くるっと一回転した。それを傍らで夫が満足そうな顔で眺めていた。
私は彼らが踊りたいなら、それも一つのコミュニケーションだから、まぁいいか、くらいに基本、思っているけれど、夫は私をくるくると回す度に、

「妻は踊りが好きだなあ」

と、ニヤリと笑う。

多分、このひとはこの先暫く、こういう風なのだろう。

で、豆撒きはどうなったかというと、

夜になって鍵を開けて、「鬼は外ー」と言いながら家のドアを押し開けると、奥の部屋からパジャマ姿の娘が落花生の入った袋を小脇に、玄関までやってきた。

「お母さんは家に入れー」

と言いながら、一粒ずつ投げつけてくるので、

「もっと盛大にぶつけていいよ」

と促すと、大きく振りかぶって投げてみせたので、しゃがんでキャッチャーミットを構える振りをした。
「バッターがいない」と娘が笑って、私に落花生を当てる度に、「デッドボール。どうぞ塁に出てください」と言ってまた笑った。
それから、床に落ちた落花生をお互いに拾って投げつけ合ったりと、妙ちきりんな状態になった。

締めに落花生を拾い集めて、「確かに後片付けが豆を撒くよりも遙かに楽だったな」と思いつつ、殻を割って、ポイと一粒口に入れた。香ばしい匂いがする。

「娘さんは何歳だっけ?」

「ぼく5歳」

「じゃあ5粒ね」

などと適当なことを言いながら食べる。娘が続けて言った。

「ピーナツバター作れるかな」

「ほう」

「クックパッドで星三つのレシピがあったりしないかな」

やる気があって何よりだなと思う。

「太巻き食べた?」

「うん。全部食べた」

「そうか、そうか」

かんぴょうを食べられなくて、寿司と言えばお稲荷さんと卵とエビだったひとが、ついに巻き寿司を食べられるようになったことに、しみじみとする。

今日も少しずつ成長していく。その姿を、私はこうしてメモを取るように、拙い文章で書き留める。

眠る時間になるまでの少しの間、娘と二人で炬燵にささっていると、夫が部屋のドアの方からひょいと顔を覗かせて言った。

「妻ももう寝る?」

「ふたりとも先に寝てて。帰ってきたところでまだ体が冷えてるし、炬燵であったまってからにする」

すると娘が言った。

「えー、お母さんも一緒に寝ようよ」

「……そう?じゃあ、そうする」

この、幸せとも呼べるささやかな時間が、少なくとも明日も私たちのそばにあると良い。永遠を願うことはないけれど、せめて今と、明日までは、一緒にいてくれる気がある間は、一緒にいよう。

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