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こまごまとまとめ

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テキストやトーク、エッセイのような記事などを、あれこれとまとめ。
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#ムスメモリー

朝、ときどき、膝枕。

幼い頃の娘は、「おかあさんの好きなところはおしりとふともも」と言い放ち、「おかあさんに愛を渡すことを誓います」と宣言する子供だった。その愛の表し方は様々で、台所に立つ私の背中に抱きついたり、座っている私の腰の辺りに巻きついたり、指を甘咬みされたり、鼻を甘咬みされたりした。 甘咬みされながら、 「これはどういう状態なの?」 と尋ねると、 「おかあさん成分を摂取してるの」 「吸いすぎると今度はおかあさんの元気がなくなるから注意」 と説明してくれた。どうやら指先からなん

キミが家にやってきた日。

娘の成長の記録を書き留めたB6サイズのノートをめくると、「二歳半。太陽戦隊サンバルカンの歌を上手に歌う」と書いてある。 三年ほど前。誕生日の前日の夜に、娘と並んで自転車で、微かな雨が降る中を走っていた。絹糸を細かくしたみたいな雨足が、大通りを通り過ぎる車のヘッドライトに照らされていた。 翌日の私は所用で割と遅くまで外出する予定だった。家に着く頃には夕飯もお風呂もすっかり済んでしまっている。せっかくのお祝いの日なのに一緒に過ごせる時間が少ないので、 「前の日にどこかへ食べ

落花生を投げてみる。

日もすっかり落ちた頃、仕事を終えた夫がソファーでスマートフォンを弄っていた。私はその隣にドカッと腰を下ろして、足を組んだ。 「邪魔しにきたぜ」 私が言うと、 「邪魔していいわよ」 と夫が答える。 こういう時、夫のスマートフォンには大抵twitterのタイムラインが表示されている。曰く、日々、twitterが手放せないくらい見ているらしい。 「明日節分だから、夫はあれを買って、娘と食べてね。長いやつ」 私は夜まで出掛けるので、と付け足す。夫が思い出したように言った

本日、私はお客さま。

ジャージを着た娘が台所に立っている。 コンロの火にかけたフライパンの中の、ナスや人参を、菜箸で混ぜていた。私はスマートフォンを構えて、シンクの前まで近付き、フレームにその姿を収める。 パシャ。 「お客さま、困ります」 娘がフライパンに視線を落としたまま言った。 「あ、はあ、すみません」 どうやら、ここから先は立ち入り禁止だったらしい。 日々、母上やらお袋やらと、呼ばれ方がころころ変わるのだけれど、本日の私はお客さまだった。同じく台所にいる夫が、私の傍らへやってくる

ゲームブックをプリントアウトして解く話と、行き先に目印を付けていく話。

夫がテーブルの前で三枚のB5サイズの紙とにらめっこをしていた。 手元の紙を覗くと、米粒みたいに小さな文字でびっしりと埋め尽くされている。裸眼で読めるだろうかとそこはかとない不安が生じるほどの細かさだ。 「それはなんですか」 「ああ、これ? ゲームーブック。ネットで個人の趣味で作ったのを公開してる人がいるのよ」 「ゲームブックかぁ、懐かしい」 小学生の頃、文庫本サイズのアドベンチャーゲームブックでよく遊んだ。文章を読み進めていくと途中で選択肢が出てきて、指定されたペー

“好きな人の好きを大切にしたい”

年末年始の寒い夜。炬燵に刺さってお笑い番組を観ていた娘が私に尋ねた。 「好きな人に好きな人ができると、どうして怒るの?」 テレビ画面の中では、二人組の芸人さんがコントをしていた。片方は女装をしていて、軽妙な笑いを織り交ぜつつ、『あなた浮気したでしょう!』と男性に詰め寄っていた。 「ああ。怒る事みたいだねえ」 私は淡々と言葉を返して、「なんでそんなこと思ったの?」と、尋ねた。 「テレビでも漫画でも動画でも、そういう話がいっぱいある」 「はあ、そうだねえ」 割とでっ

初春の筆に想いを含ませて、墨を半紙に馴染ませていく。

毎年1月2日は書き初めをしている。 一年の抱負を込めた言葉を幾つか選んで、硯と半紙の前に座わる。夫と娘が、それぞれ、 「本番の前に練習」 と述べて書き出したのが、『ご唱和下さい』と『滅亡迅雷』である。 「せっかくだから練習の本番も書こう」 そう言いながら、二人とも三枚ほどずつ書いて、 「良く書けた」 と満足そうにしていた。 我々の書き初めは、書く内容も気ままなら、書き順もまた気ままで、全体的に緩いルールに則っている。例えば、彼が軽く首を傾げて、 「馬ってどう

2021年1月1日のご挨拶

寝ても醒めても好き過ぎて。

ソファでくつろいでいると、ムスメが隣にぎゅっと腰掛けてきて、お気に入りの動画を幾つも見せてくれる。 彼女には、今、推しがいる。寝ても醒めても好き過ぎて、好きに殺されそうになっている真っ最中だ。 「目の前に現れてくれたらいいのに……」 「そりゃあ、切ないね」 恋のようなものである。推しは二次元にいる。会えない切なさは募るばかりだ。 幼い頃から、仮面ライダーにハートを掴まれている子なのだけれど、また違った形の好きなのだろう。先日も、『全てに於いて一番好きな番組は仮面ライ

水色の箱にピンクのリボンをかけておく。

その日は、記念日だった。 思い出せた時には、あと2時間と待たずに一日が終わろうとしていた。 わたしの動きはゆっくりで、当たり前の毎日が少しずつ慌ただしい。時々小走りになりながら、やることを指折り数える。一日に何度もスマートフォンで日付を確認するから、その日が何日の何曜日かは知っていた。だけど、何度見てもそれが記念日だと思い出すことはなかった。 家に帰ってわたしが上着を脱ぐより早く、夫が声をかけた。 「ケーキ、買っといたよ」 言われて、初めて気が付いた。 夫はその日

わざわざ言うほどでもないささいなことなんだけど

ドアの隙間から見えたきみのくろい後ろ頭が 思っていたよりずっと上のほうにあって思わず笑った そういえばもうそんなにおおきくなってたっけね わたしの中のきみはいつまで経ってもちっこい姿のままなんだけど 冷蔵庫の上にも手が届くんだよと誇らしげにきみはいう ハタチになっても 塩で日本酒が飲める程度の酒飲みになっても 二輪バイクで県を跨いで遠出できるようになっても 趣味が増えただけで大人になった実感なんてなかった 仕事を成し遂げても 三十路になっても きみを産んだ瞬間も きっと

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きっかけはおねいさん