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教員1年目、適応障害になった④

前回の記事はこちらからご覧ください。


(1)授業中に突如きためまい

10月上旬のある日の3時間目、授業中に突然回転性のめまいが起きました。

立っていることができなかったため、その授業を見に来て下さっていた先生に生徒たちを託し、廊下で座って休息をしました。

休息をしても、めまいが消えず、酷くなっていく一方でした。授業を託した先生に「保健室に行っておいで」と言われ、階段を上って保健室に向かっていた矢先、階段で倒れました。たまたま通りかかった先生に助けられ、誰もいない教室に運んでいただきました。

その日は2回学校で倒れました。このような状況でも1年前から通っていた脳神経外科にも診察を断られ、翌日に行った脳神経内科にも「脳の異常ではない」と突き返され、途方に暮れていました。翌々日に行った別の脳神経外科でも「精神科に行きなさい」と言われ、その日のうちに総合病院の精神科に予約を取りました。しかし、その予約は約1か月後でした。

自分を苦しめるめまいと頭痛の原因がわからないまま、学校祭を迎えました。学校祭でも少しふらつき、生徒の頑張りを全て見届けることができませんでした。悔しい思いでいっぱいでした。

(2)21時半退勤後、救急車で精神科へ

学校祭後は、午前中に体調が悪く、起き上がれない状況であったため、午前中に年休を取り、午後に出勤する生活をしていました。

学校祭明けの2日後も午後から出勤しました。部活動終わり、初任者研修で必要な指導案作成や成績確認に追われ、21時半に退勤しました。

退勤しようとしていところ、暗い学校の廊下で、倒れました。倒れる前の記憶は残っていません。

私が目を覚ましたのは、まだ学校に残っていた先生が運んで下さった保健室でした。管理職が救急車を呼び、「脳に異常はない」と脳神経内科から言われたことを伝え、その日の23時過ぎに精神科に運ばれました。

医師にこれまでの人生や現在の勤務状況、出ている症状を伝えました。

医師から

「症状からみると、適応障害です。今まで頑張り過ぎた結果、現在はガス欠の状態です。しばらくの間、休息が必要です。」

と診断されました。

その時の私は、学校に迷惑を掛けたくない、休みたくない、仕事がしたい思いでいっぱいでした。そのため、医師に「休みたくない」と伝えました。すると医師は、

「あなたが休みたくないと言うのであれば、私は4週間の休養が必要ですという診断書を書く。」

と強気に話しました。その場に両親もいたため、私は休むことはもう避けられないと感じました。

医師は病院にいた校長に診断書を手渡し、10月上旬から11月上旬までの4週間病休を取ることになりました。

眠気と体調の悪さで意識が朦朧としていましたが、病院に来た校長が両親に「本当にこの度は申し訳ございませんでした」と謝っていた姿があったことは覚えています。

私はまだ校長の謝罪の意味はわかりませんでした。


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