感情を記録しておこうよ、という話
その時その時の感情を何かに残しておいたほうがいい。写真でも、絵でも、文章でも。過去の感情は、自分自身でももうぼんやりとしか思い出せないから。
2006年、14歳頃に撮った写真がとても好きだ。
SONY サイバーショット DSC-P8。2003年3月21日発売らしい。
あの頃は写真を撮ることがとにかく楽しく、暇を見つけては徒歩圏内の近場を撮り歩いていた。本体も小さくて軽いので、出かける時はいつでも持っていった。
ボケとかF値とか、構図とかなんて何も知らなかった。ただひたすらに「あっ、良いな」と思った瞬間を収めた。「水平を意識して」なんてのももちろん知らず、自由に気に入った角度で撮っていた。
さて時は流れ2020年。現在私は FUJIFILM X-T3を持っている。プロも仕事で使うくらい、良いカメラだ。
ものすごく良いカメラを手に入れた。カメラ用語についてもインターネットで知識を得た。しかし、今あの頃と同じような写真は撮れない、ということに気づいた。
私は既に、ひとりの社会人として安定してしまったからだ。
14歳。思春期真っ只中、いつも焦りと悩みで頭を抱えていた頃。友達とうまくいかないことがあっても、写真に没頭することで心を回復させていた。
29歳。傍から見たら順風満帆な人生。写真を撮らなくても楽しい毎日。そんな生活に満足している状態で撮る写真は、絶対的に14歳の写真とは違ってくるのだ。
また、構図や水平について知った後は、自由に斜めに撮ることができなくなった。恐怖からか?(一体何を怖がっているのかはわからないが。他人から指摘されることへの恐怖?)
その歳、その状況でしか得られない感情がある。産前産後ではまるっきり感じ方が変わってしまったことも多い。思い出そうとしても、人間の記憶なんてとても頼りない。
記録して何に役に立つのか?それは自分自身にしかわからない。数年後の自分なんて誰からもわからないのだから。ワクワクする未来と、くすぶっていた過去の自分のためにも、感情を記録しておいたほうがいいのだ。