「インクの匂いと、それから」 尺八@800字のエッセイ
読書家とは言えない。
けれど本が、言葉が、文字が語るその色やにおい、
その響きが猛烈に好きだ。
最寄り駅から駐輪場に歩く途中に本屋がある。
ほぼ真向かいに2つの出入り口。
高校生の頃、欲しい本も、買うお金もなかったけれど、
毎日最寄り駅側の扉から入っては、駐輪場側の扉から抜けていた。
本棚の隙間を縫うように歩き回って開いた本。
官能的な夜の描写につばを飲み込むのを忘れていた。
母が昔飲んでいた酒の匂いがした。
あの本のタイトルは覚えていない。
けれど、鼻の奥に確かに、あの匂いがのこっている。
あれ以来味わったことがない、甘美な香り。
読書家とはいえないけれど。
本屋に立ち寄っては、あの匂いを探してしまう。
それでまた、忘れがたい響きに出会うのだ。ああ、悩ましい。
今日も本屋を通り抜ける。
次は何に出会えるか。インクの匂いに出迎えられて。
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