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シェイクベイベー!アポロに恋して

「ひとすじ」は、”50年以上ひとつの仕事を続けている”方々を、フィルムカメラを用いて写真におさめるプロジェクト。
個人が自由に仕事を選べるようになり、転職や職種転換も当たり前になった現代だからこそ、その人々の生きざまはよりシンプルに、そしてクリエイティブにうつります。
このnoteでは、撮影とともに行ったインタビューを記事にしてお届けします。
2024年10月11日よりクラウドファンディング実施。
2024年11月22日-24日の3日間、東京原宿のSPACE&CAFE BANKSIAにて写真展開催。記事だけでなく、支援と来訪心よりお待ちしております。

鎌倉街道の曙町に佇むパブレストラン『アポロ』。ギリシャ神話の太陽神アポロンからその名をもらったそう。マスターのチャンさんにとって、アポロは恋人。

開業から60年以上経つ今も、週6で働くこのお店のマスター、チャンさんは、仕事が楽しい一方、まだまだ勉強不足といいます。

「シェイクベイベー!」今日も元気に営業中。


1964年、26歳で開業

ー 失礼ながら、今おいくつなんですか?
チャンさん:85歳。このお店は26歳からやっているよ。若い時にこういう商売かじっていたから、自分の店を出したかったんだよね。

ー 60年前!
チャンさん:五輪の時だね。地元がこの辺りで、店を出す前から住んでいたからね。

ー バーの仕事は楽しいですか?
チャンさん:楽しいからやれてる。でも毎日辞めたいよ(笑)この歳で午前1、2時まで仕事して。可愛いお嬢さんが来てくれるからやっているけどね(笑)

ー この仕事をしていて何が一番楽しい?
チャンさん:色んな話をお客さんとできること。やっぱ好きなんだ。
歳が歳だから色々経験しているし、よく若い子達が昔この辺りはどうだったのって聞いてくるね。

ー どうだったんですか?
チャンさん;昔はこの辺、外人さんだらけだったよ。特にギリシャ人船乗りがね。ギリシャ人を相手にした店が30件くらいあってね。船が入るとどこの店も満員だった。ここも午前0時過ぎると外人だらけ。

ー マスターはギリシャ人と英語で話すんですか?
チャンさん:ギリシャ語だよ。もう何十年も前に辞めて、今じゃそのお店もないね。

ー このお店はいつまでやろうと思ってるんですか?
チャンさん:自分が元気にできる限りはね。まぁどうなることやら。

ー マスターはこの店の看板ですよね!笑顔が素敵ってよく言われませんか
チャンさん:そうだね!言われるよ。まぁ、楽しい世界よ。

女性の声(奥さん):お待たせいたしました

マスターにゼウスも嫉妬

ー 昔も相当モテモテだったとか
チャンさん:もう昔はモテモテ笑 モテ過ぎるくらいモテていた
奥さま:いらっしゃいませ
チャンさん:うちのママ

ー チャンさんが昔はモテてたって
奥さん:そうよ。女の子がズラーっと並んでね。次来るのが男か女か賭けをしていたくらいね。
チャンさん:女同士で喧嘩したりね。昔は私、頭がパンチパーマでね。流行っていたんだよな

ー あの元プロボクサーみたいな?
チャンさん:そうそう
奥さん:今は痩せちゃったけど、30年前はマッチョでね。あの芸能人みたいに。

チャンさん:余計なこと言わないでよ(笑)
奥さん:ほら、誰かカクテル頼んだらやるよ。手の運動(笑)

ー 2人がどうやって出会ったか聞いてもいいですか?
チャンさん:ここで出会ったの。もう一緒になって50年だよ

ー 奥さんはお客さんだったの?
チャンさん:お客さんに手つけた(笑)

ー 記念に2人の写真も撮らせてください
奥さん:マスターこの格好でカウンターの中に入っていいですか?

チャンさん:外で撮りな
奥さん:マスターが出てくればいいじゃん。最期の記念写真よ

ー そんなことないですよ(笑)
チャンさん:一人もんで通っているからさ(笑)
奥さん:遺影にできるかしら?(笑) 
こないだ金婚式が終わったの。珍しいでしょ。みんな離婚しちゃうからね。

ー カッコイイところ撮らせてもらいました
奥さん:すごいじゃんマスター良かったじゃん
チャンさん:のっかりすぎだよ(笑) 

日本のスターChanさん ギリシャへ

ー ギリシャには行ったことありますか?
チャンさん:15日間くらいかみさんと一緒に行ったね。

ー 長いですね
チャンさん:向こうにはこっちで知り合った仲間がいるから。
奥さん:喧嘩しに行ったみたいなものだよ。
チャンさん:夫婦なんかで行くものじゃない。

ー このお店に通っていたお客さんのもとってことですか?
チャンさん:そう、昔から店に来ていたギリシャ人。向こうに帰って商売している。そういうところに訪ねに行った。
奥さん:すごく楽しかったよ。うちのマスターはスターだったの。ジャパンからスターが来たって、ギリシャのダンスを踊れるから、踊ったりしてね。

二重苦:大病とコロナで時短営業

ー 元気の秘訣は毎日お客さんと話すことですか?
チャンさん:そうね、コロナが3年間、去年と一昨年は、ほぼ1時間しか商売できなくて、1時間じゃ商売ならない。それで1ヶ月休んだけど、そしたらボケに入りそうになった。

ー 仕事続けていて1番辛かったことは?
チャンさん:病気したことだね。ちょっと大病して2ヶ月くらい。かみさんがやってくれていたんだけど、売上が上がっちゃってさ(笑)

ー お客さんに会えない辛さがあったのでは?
チャンさん:そうだね、まぁでも色んな経験したからさ。バブルも経験したし、ベトナム戦争も経験したし、湾岸戦争も経験したし。

「アポロ」は私の恋人

ー そういえば、なんでアポロって名前にしたんですか?
チャンさん:ギリシャの太陽の神、アポロンからきてる

ー なるほど!ギリシャ神話から!アポロは毎日営業?
チャンさん:うちの店は火曜が定休日(※現在は月曜・火曜が定休)で、ほかは毎日営業。午前1時くらいに終わるから、帰りはおっかないよ。ジジイ狩りとかさ。だから、明るくなってから帰る。10分くらいで帰れるんだけどね(笑)

ー人で週6日営業?
チャンさん:そう。働いている方が、お店にいる時が気が休まるんだよね。アポロっていうこの店は私の恋人。この店にいる時が1番幸せ。

ー でも大変では?
チャンさん:それが楽しいからいいんだよ。楽しくなきゃやんないでしょ。

ー いやーかっこいい!素敵です。本当に
チャンさん:まだまだ勉強不足ですよ 

ー マスターで勉強不足なら僕らどうなっちゃうんですか(笑)今の時代、仕事を長く続けることが少なくなっていると思うけど、マスターはどう思いますか?
チャンさん:転々と仕事を変えてね、昔はそんな仕事がなかったから、働く場所もないし、辛抱して長続きさせるしかなかった

ー そんな中、長く続けることの意味はなんでしょうね
チャンさん:やっぱり楽しんだ。仕事なんてのはどこで働いても同じ。それをさ、みんな結局、ちょっと喧嘩して辞めちゃうとかなんだよ。

ー もし生まれ変わってもこの仕事したいですか?
チャンさん うん。やっぱりそうだろうね。天職だね。自分でもこんな良い商売ないと思っている。

シェイクベイベー♪僕らのジュークボックス♪

ー カクテルめちゃくちゃ美味しいです--
チャンさん:ヘーイ、シェイクベイベー

ー 亡くなった日本のロックンローラーもそんなこと言っていたような
チャンさん:俺、似てるってよく言われるんだよ。
これ知っている?ジュークボックス

ー ジュークボックス?
チャンさん:100円で3曲!こんな良いジュークボックスないよ。
よそのはガチャガチャ音がして聞こえないよ
♪エリー・マイ・ラブ・ソー・スウィート♪(みんなで熱唱)

チャンさん:失礼ですが今おいくつ?
ー 26になったばっかりです
チャンさん:たったの、26歳か。生意気だね(笑)私も気持ちは30歳

ー マスター若いもん
チャンさん;イェーイ、シェイクベイベー♪

取材後記

パブレストラン『アポロ』。いざ扉を開けると、そこは薄暗がり。階段を登るに連れて、温かく照らしてくれるオレンジに誘われ、次第にミシミシと木が軋む足音も小刻みに。
たどり着いた2階、黄昏時の赤い背景に像やシマウマなどの動物たち。真ん中には2匹のキリンが首を交えて、その間には夕日。多くの野生動物が生息するアフリカ大陸をモチーフにした絵画だろうか。
 
左から「いらっしゃい」と細い声。振り向くと洗礼された空間に立つ一人の紳士。白いワイシャツに黒のベスト、蝶ネクタイ。そう、チャンさんだ。
 
奥の席に案内された僕たちは、揃ってウイスキーをシングルで注文。一見さんにも関わらず、あまり入荷しない種類のスコッチを勧めてくれる。無償の愛すら感じた。人の“優しさ“。優しくされたから優しくしたい、好きだから優しくするなど。僕は前者後者タイプなわけだが、チャンさんはどれにも当てはまらない。みんなに興味があって、誰に対しても優しい、根っからの人たらし。人が大好き。人の物語が好きな人。
 
アイスピックで砕いた特製の丸い氷を転がし、琥珀色のウイスキーを少しずつ胃に入れる僕たち。チャンさんは“楽しい”という言葉を用いて、何度もこの仕事の魅力を教えてくれた。「お客さんと話ができることが一番楽しい、歳だから色々な経験しているし」
 
亀の甲より年の劫。スマホ1つで体験・経験した気になれる現代は便利で良いが、大先輩チャンさんの経験を聞いて、自分オリジナルの答えを見つけ、実際に体験してみる。この場所は学びの場でもあった。仕事の話でも恋愛の話でもおすすめ(笑)
 
この場所も新型コロナで時短営業せざるを得なかった、ここ3年は商売がほぼできず、「休業時はボケそうになった」とチャンさん。大病をして2週間病院のベッドにいた時もあったという。
それでも続ける理由は「働いている方が、気が休まる。店にいる時が一番幸せ」だという。アポロは、チャンさんにとって恋人。僕にはアポロという場がチャンさんであり、チャンさんなしにアポロという場所はないと思った。逆も然り。
 
夜も深まり、カウンターは満席に。みんなチャンさんのファン。アポロが大好き。
常連さんにジュークボックスを勧められた僕たちは一曲ずつ入れることに。
鈍い電子音の後に流れる僕が選曲したビリー・ジョエル。Well, we all fall in love♪
どうしてもここが聴きたかった。
「こんな良いジュークボックスはない」とチャンさん。失礼だがそのまま返したいところだ。アポロもきっとあなたを愛しています。
 
 書き手:増田 亮央(ますだ りょお)

店舗情報

パブレストラン『アポロ』
〒231-0057 神奈川県横浜市中区曙町4丁目45
営業日時:19:00〜27:00
※クローズは混み具合で変動
定休日:月・火曜日

取材/ライター:増田亮央
編集:新野瑞貴
撮影:中村創

50年1つの仕事を続けた方のポートレートや仕事風景をフィルムカメラで撮影した写真集「ひとすじ」製作中!最新情報はこちらからご覧ください。▷instagram @hitosuji_pj


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