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『TAR/ター』を観ました
『TAR/ター』
ケイト様は映画館の大スクリーンで拝みたい。
ということで、初日午前中に前のめりで行ってきましたが、すさまじい映画でした。ぱっと感想が持てなくて、帰ってからずっと考えてしまっていた。
いつも映画の感想は、その日のうちに月末のまとめ記事用にメモを残すのですが、考えることが多かったので、一本の記事でアップします。
ネタバレありで書きますので、見たくない方は映画を観てからどうぞ。
『TAR/ター』は、指揮者が主役の映画ではありますが、音楽映画の類型的なカタルシスというものを徹底的に拒否しており、音楽ですっきりすることが、一度もありません。
そこで良い音楽が再生されてしまえば、あらゆることが、繊細な怒りや不安、それまでの物語も、全て吹っ飛んでしまう。
それを徹底的にやらないという作劇に、まずは驚きました。
マーラー5番を録音するということで始まった物語、皆が好きな超有名曲ですし、どこかでちゃんと演奏を聴かせてくれるんだろうと思っていたけど、全然なかった。
昨今の音楽映画、またはサンプリング的に音楽を使う映画って、過剰に音楽に頼りすぎてないかと思うことが結構あります。私がそういう映画を見飽きちゃったのかもしれない。そういう音楽偏重の作劇がノイズに感じたりもしていたので、この映画は意識的に外しているのだろうな、と感じました。
私の中での大きな問題は、最初の方に出てくる、ターがジュリアードでパワハラ的に学生を追い込むシーンです。
パワハラ自体はだめなんですけど、私は映画を見ながら、ターのロジックにわりと100%同意してしまっていて、でもこのように晒し者にする指導は指導の範疇を超えているしダメだと思いつつ、正しいのはターのロジックだと思いながら見ており、「自分は、映画が想定している危うい非常識側に、渡ってしまっているのではないか」という後ろめたさを感じて見ていました。
それはもちろん、私が音楽をしているうえ、人に指導しているから感じたことです。
「やらない」言い訳をする若い人を沢山見てきたし、それは自分自身にもそういうことをしてきた自省があるから、公開で詰問するターについて、強権的ではあるけれど間違っていることは言っていない、と、共感する部分がかなりありました。もちろん、ターのやり方はアウトです。肯定しながら導くべきで、彼のアイデンティティを否定する権利はない。でも、あのやり方は、30年前だったら問題になっていなかったのでは、とも思います。
このシーンは、「過去に犯罪と言える行いをした人の作った芸術は、キャンセルするべきかどうか」という現代的な問いでもありました。
私は個人的には、ケース・バイ・ケースということで留保したいと思っています。歴史的価値の定まった芸術作品ではなく、現行のエンターテイメントであれば、わりとキャンセルの方に傾くでしょうね。
もう一つ、自分がとても居心地が悪かったのは、チェロの若い子を車で送っていった先で、自宅のスコアの鼻歌が聞こえてくるじゃないですか。
あのシーンの時、「作りかけの作品を盗まれたのでは、怖い」と思ってしまったんですよ。
後から考えれば、あれはチェロの彼女が歌ったものなのか、ターの幻聴なのか、あの廃墟のような建物に入った時から現実との境目がわからなくなっていくので、おそらく幻聴で、実際に鳴っていたものではないと思います。
でも、私は「うかつに持ち出されたのかも」と、すぐ思ってしまった。
とても居心地が悪くなりました。
しかし、今まで囲った若い女の子はちゃんと(結果的に)復讐しているので、新しいチェロの彼女の復讐が「曲を持ち出す」という方法だったのかな、などとも思いました。
最後のシーン、あれは失墜ととるか、再起ととるか、どちらにも見えるものですが、私は「音楽を生み出す者の逃れられない業」を感じました。
ヘッドフォンをして、クリックを聞きながら棒を振るって、今までやってきた創造活動と対極にある商業活動で、それでも棒を振る人生を選ぶ。
権力が無くなっても、リスペクトされなくても、棒を振る方を選ぶ。
もちろんフィクションですし、カリカチュアはされているけれど、ある種のリアルさを感じずにはおられませんでした。
これはもう一度観に行きたいですが、ちょっとヘヴィーなので、元気な時に改めて行きたいですね。『燃ゆる女の肖像』に出ていた役者さんも、素晴らしかったですね。
映画『キャロル』の時のような「ケイト様〜〜❤️」的なノリで期待して観に行ったら、くらってしまいました。
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