サイコゥ、サイコゥ、サイコゥ!! 人生について思うこと
事件記者の宿命であり、最もつらい仕事の一つに、朝駆け、夜回りというものがある。警察官の家の近くで出勤と帰宅を待ち構え、雑談をしたり事件の話をして「ネタ」をつかむ仕事だ。
朝5時前、ハイヤーの運転手からの到着を知らせる電話でたたき起こされ、開かない目にコンタクトを無理やり押し込む。前日も立ちっぱなしだったせいか、足がむくんで靴が入らない。ハイヤーの内はたばことおじさんの匂いが染みついているし、なぜか壁にはぎょっとするほどの抜け毛が張り付いている。車に乗り込むと、爆睡。気付けば髪の毛だらけの壁に自分も頭を押し付けて寝ている。警察官の自宅近くにつくと車を降りて、目当ての人が出勤するのをひたすら待つ。夜も同じで、駅や帰路の途中にある電信柱などの近くで、ただ、立ち続ける。
「いいネタ」が聞ければ疲れも吹っ飛ぶ。でも、実際は会えても世間話で終わることがほとんどだし、「何で来たんだ」と怒られる時もある。最悪の場合、6時間以上待ったにもかかわらず、会えないことすらある。することがなく、ラジオを聴きながら道行く人々をぼーっとみていると、通行人はみんな幸せそうに見える。駅で待ち合わせをして楽しそうに家路につく新婚カップル、サークル帰りにワイワイ話しながら飲み屋に直行する学生たち――。一方、自分は足首や手首を蚊に刺されながら、帰ってくるかもわからない人を待ち続けている。
ところが、愛知県で一緒に事件取材をしていた通信社のトリ君は、このつらい朝駆け夜回りをこう言ってのけた。「朝から散歩できるなんてサイコウですね」。回りにいた記者仲間は、「頭がおかしい」とツッコんでいたけど、私は一人静かに衝撃を受けていた。早朝ウォーキングと聞くと、気持ちよさそうで素敵な習慣だなと思う。朝駆けも、実質は朝早く起きて歩いているわけだから、ウォーキングだと思えないこともない。さらに、待ち時間にストレッチをすれば、これは健康的な朝の習慣である。しかもその間、給料が発生している。空気階段の水川かたまりさんのギャクで表現するなら、「サイコゥ、サイコゥ、サイコゥ‼‼」なのだ。
日々の生活には、気づかないだけでサイコウなことが散らばっている。問題は、それを感じ取る努力ができるかだ。2013年に公開されたイギリスのSF恋愛映画「アバウト・タイム」という映画がある。タイムトラベルの能力を持つ家系に生まれた主人公が、その力を使って人生の幸せを知るという物語である。この映画の中で、主人公の父親は、息子に「幸せのための2ステップ」を伝えている。
1) まずはみんなと同じように普通の1日を過ごす
2) そして(タイムトラベルをして)また全く同じ1日を繰り返す。
「そうすれば、はじめは緊張や不安のせいで気づかなかった日々の素敵な出来事に気づくことができるはずだ」
父に言われた通り毎日を繰り返した主人公は、退屈だと思っていた1日に、たくさんの幸せが隠れていたことに気づく。売店のお姉さんが笑顔で接してくれていたこと、空がきれいだったこと、電車で隣に座った人の音漏れも、考えようによっては楽しめたこと――。
私の毎日も、意識してみれば幸せであふれている。朝起きて、旦那が隣で気持ちよさそうに寝ていること、運転手さんが「今日もお疲れ」と声をかけてくれたこと、朝駆け中に夏の終わりの気持ち良い風が吹いたこと、朝、食堂で食べる目玉焼きが完璧な火加減で焼かれていたこと――。普通に生きていれば、ドラマみたいな大きなイベントなんか起きないし、どうしようもなく理不尽で悲しいことも起こる。でも、私たちが過ごしているありきたりな毎日にはいつも、サイコゥ、サイコゥ、サイコゥ‼と叫びたくなるような幸せな瞬間が、無数にちりばめられているはずなのだ。
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