【新作】花霞の落とし物 20210412
ある森の奥でひとり暮らす妖精がいます。
森の動物たちや植物たち、自分の他の妖精たちと時々戯れながら、彼女は今日も静かに穏やかに生きています。
さて、今日は何に出会うのでしょうか。
いつもより早く目が覚めた妖精は、朝靄の中散歩に出かけました。
気温差のせいなのか、霧は濃く森の中を揺蕩っています。
昼間は元気な動物たちも、まだ眠りの中です。
雫がひとつ、落ちる音が彼女の耳に届きました。
ぽたり。
小さいけれど、そんなに遠くではない音。
音が聴こえた方へ自然と足が向きます。
足元の花や草たちが、招いてくれているかのように道を作ります。
彼女は小さな声で朝の挨拶をしながら、足を進めました。
紅い花が最初に見えました。
次に、淡い紫色、桜に似た色、優しい黄色。
青々しい緑に包まれながら、朝靄の中で咲いています。
時折吹く少しの風に揺れながら、まるで花同士がお喋りをしているようです。
あまりに儚い美しさだったので、彼女は摘むことも触れることもせず、その様子をぼんやりと見つめていました。
あの花たちのお喋りが聴こえる距離まで近づこうかとも思いましたが、花たちがびっくりしてはいけません。
彼女は少し離れた場所から、気の済むまで花たちを見ていました。
*
次の朝。
いつも通り起きて家の扉を開けた彼女は、花の精の香りを感じました。
彼らはあまり自ら近づいてきたりはしません。
花の精は特に人見知りです。
ふと足元を見ると、昨日出会った紅い花が2輪、置かれていました。
贈り物かな。
ありがたく受け取ることにして、彼女はどこかで見ているかもしれない花の精に軽くお辞儀をし、花を受け取りました。
また次の朝。
扉を開けると、同じ花の精の香りがします。
足元には、淡い紫色の花が2輪。
そしてそれは、3日目、4日目と続きました。
3日目には桜色に似た色の花が、4日目には優しい黄色の花が2輪ずつ。
花の精は一度も姿を見せてくれていません。
どうして自分にこんな素敵な贈り物をしてくれるのかしら。
彼女は不思議に思いながらも、今日もお辞儀をして花を受け取りました。
その夜、机の上に飾られた4色の花を見て、彼女はイメージを膨らませました。
最初に聴こえた雫の音。
紅、淡い紫、桜に似た色、優しい黄色。
朝靄の中で見つけた、新しい花。
花の精が届けてくれる、あたたかい贈り物。
彼女の手が自然と動き、ゆっくりとまるいものを抱くように、空気が柔らかく花の香りと共に流れます。
ゆっくりと目を開けた彼女の前には、4色の花の色と雫の形をした耳飾りが現れました。
彼女はそれを、小さな箱に並べて大切に仕舞いました。
部屋の明かりを消し、眠りにつきます。
明日は花の精が、扉を控え目にノックしてくれることを夢見ながら。
20210414