マルベックに始まりマルベックに終わる
南米のアルゼンチンと言えば、肉料理!
何しろ、穀物や野菜よりも肉のほうが安い、
というお国柄です。
特に「アサード」と呼ばれる肉料理は
定番中の定番、
アルゼンチンの国民的な料理、
とも言われております。
スペイン語で「焼かれたもの」の意味。
シンプルに「焼いた肉」。
鉄板やバーベキュー的に焼かれて
岩塩やソースで美味しくいただくこの料理は
パーティーには欠かせないものであります。
「エンパナーダ」は、牛肉包みのパイ。
「マタンブレ」は、肉巻き。
「チョリパン」は、チョリソーを挟んだパン。
「ミラネッサ」は、薄いミラノ風カツレツ。
他にも数えきれないほどの肉料理が
アルゼンチンの食卓には並ぶそうです↓
…となれば、その肉料理に合う
「ワイン」も必須、となりますよね?
ガツンと来る肉料理に相対するためには、
ドスンと構える赤ワイン、その中でも、
パワフルなものがいい、と言われます。
あるんですよ、アルゼンチンには。
濃厚な色合い、芳醇な果実味、
タンニンたっぷり、赤ワインというより
「黒ワイン」と呼ばれるにふさわしい、
そんな濃厚で、力強いワインが…!
その名も、マルベック。
本記事は、このマルベックについて。
もともとはブドウの品種名です。
ブドウから作られるワインは、
品種によってその味わいを変えます。
アルゼンチンでは、このマルベックが
さかんに栽培されているのです。
マルベックの原産は、もともとは、
フランス南西部、カオール地区。
(いかにも香り豊かな場所ですね)。
パリからずっと南、マルセイユの西、
フランスの中でも南西ですから、
スペインとの国境ピレネー山脈に
近いエリア内の地区です↓
ちょっと西に行けば海となり、
「ボルドー」という港町があります。
ボルドーと言えば、フランス国内、
いや世界的にも有名な
「ワインの産地」です。
…マルベックも、18世紀あたりまでは、
このボルドーでも主役、だったんですよ。
地味ながら力強く味わい深い、
赤ワインの横綱こと、マルベック!
ところがこの主役を
脇役へと引きずりおろしてしまう
とんでもない悪役が現れてしまった。
その名も、フィロキセラ、と言います。
ちょっとカッコイイ名前ですが、
日本語で言えば
「ブドウネアブラムシ」です。
そう、土中の根っこから
ブドウの樹液を吸い取って
自分の栄養としてしまう「害虫」です。
19世紀、1862年のこと、
とある南フランスのワイン商人が
アメリカのニューヨークから
ブドウの樹を輸入、自分の畑に植えました。
これに、フィロキセラが、ついていた。
約10年間で、被害はフランス全土に飛び火し、
次いでヨーロッパ全域に拡大していきます。
何と、ヨーロッパ全土の約三分の二のブドウが
このフィロキセラによって
壊滅させられてしまった、と言います。
どんだけ恐ろしいんだ、フィロキセラ!
今日、ブドウ農家、ワイン生産者たちは
「接ぎ木」という作戦により
フィロキセラ対策をしています。
もともとは北アメリカの害虫ですので、
北アメリカ系のブドウは抵抗力を持っています。
これを「接ぎ木」することにより、
フィロキセラを封じることができるそうです。
さて、マルベックのお話に戻りますが、
このフィロキセラによって壊滅状態に…。
多品種ひしめくフランスのワイン界は、
「椅子取りゲーム」のようなものです。
いったん席を外した際に、
他の者が席を奪ってしまう。
それは政界でも芸能界でも、そして、
ワイン界でも同じです。
マルベックがやっとこさ復活したとき、
その主役の座はすでに「メルロ」などの
他の品種に奪われておりました…。
そう、マルベックは、
現在のボルドーや、フランスにおいては、
「脇役」扱いにされることが多いのです。
しかし、故国では脇役のマルベックでも、
アルゼンチンでは立派な「主役」!
何しろ、肉料理の国です。
パワフルな彼ら、好敵手たちと競演するには、
繊細な白ワイン、通常の赤ワインでは、
ちょっと手に負えないところがあります。
パワフルなマルベックは、
逆境を越え、海を越えて、
自分が求められ、最大限に活かせるところへ
その舞台を移した、とも言えるでしょう。
最後に、まとめます。
アルゼンチンの西部には、
チリとの国境、アンデス山脈があります。
標高四千~七千メートル、富士山より高い。
その近く、標高七百~千四百メートル級の
高地に、たくさんのブドウ畑が広がります。
内陸部ですので、
夏はとんでもなく暑くなり、
夜はがくんと気温が下がります。
この大きな「寒暖差」こそが、
ブドウのフレーバーを華やかにし、
酸っぱみを維持しつつ完熟させる。
ましてや南米にさんさんと降り注ぐ太陽光、
降水量が少ないために糖度が高く、
芳醇なアルコールへと変化していきますし、
水はアンデスの伏流水、
「アンデスのおいしい水」なんです。
美味しくならないわけが、ない。
ワインや農業の世界には
「テロワール」という言葉があります。
「大地」を意味する「テール」が語源↓
どんな環境、地理的条件で育ったのか?
それにより味わいが変わる、と言われ、
とても重要視されています。
アルゼンチンに渡ったマルベックは、
テロワールにその凸凹が
ぴったりと、はまった。
「マルベックに始まり、マルベックに終わる」。
アルゼンチンのワインを語る時には、
よく言われる言葉です↓
さて、読者の皆様は、
このマルベックの地理と歴史に、
何を思われるでしょうか。
私は、一人の力士を思い浮かべます。
大関という主役から一転、ケガの間に
幕下まで番付を下げ、脇役へと転落。
それでも腐らずあきらめず、
自分を最大限に育てる環境、
最大限に活かせる舞台を見出して、
ついには横綱へと復活していった
「照ノ富士」を思い浮かべてしまうのです。
そのボディは、力強い。
読者の皆様は、いかがでしょうか。
自分の凸凹に合うテロワールは?
自分を鍛える「土壌」や「土俵」、
「おいしい力水」は、ありますか?
自分を輝かせてくれるような、
「舞台」や「好敵手」は、いますか?