エレファントカシマシ 「今宵の月のように」~ スペインで月を見て思い出した星野道夫の言葉
あれは大学3年の夏
エレファント・カシマシの「今宵の月のように」という曲が、とあるドラマの主題歌になり、よく耳にしていました。
このグループ、ボーカルの宮本氏は忌野清志郎にあこがれていたらしく、初期の曲は、そのまんまRCサクセション。ルーツがすぐわかってしまうということは、つまり、大した曲ではなかったということで、つまりデビュー時点では大したグループではなかった。
それが「悲しみの果て」で変わってきて、「今宵の月のように」で一気にオリジナリティが開花したとおもっておりまして、、この成長がこの時期にあったから10年後に椎名林檎とデュエットするに至るわけでして。
さて、この曲は、なんとなくさえない毎日だが、いつの日か輝いて見せるさ、今宵の月のように、、という若手サラリーマンの哀愁に訴える曲でしたが、論語でいうところの、まだ「30にして立っていない20代」には、ぴったりな曲。
大学三年生の夏、スペインに2か月滞在することになり、ここで、後年僕にものすごく影響を与える写真家のことをあとから思い出すような体験をしました。
それは何かというと、大したことじゃないんですが、、以下のような次第。
スペインでも当然ながら月が見えるわけです。で、スペインでも今宵の月のように~♪なんて口ずさんでいたわけです。
そしたら、ああ、この月は日本からも見えているんだな
とそんなことを思ったのです。
日本の親や友人は今同じ月を見上げている。
で、同じように今宵の月のように~とうたっているのかもしれないと
そう思ったのを覚えています
あっという間に、そんなことは忘れてしまっていたんですけど、社会人になって数年後、ある写真家と出会い、その写真家のエッセイを読んで一気に思い出しました。
この写真家は星野道夫さん。
この文章を見て、はっとしたのは、遠く離れた場所、自分とは全く違う環境に、今、この現在、別の世界が確実に存在していることに気が付いたからなんです。
スペインで見上げた月は、日本でも、世界各地でも誰かが見ているわけで。
そういう世界観に触れたとき、自分の何かが変わり始めたような気がしています。