舞台「諸国を遍歴する二人の騎士の物語」レビュー 2024/10/05
劇団 :劇団青年座
脚本 :別役実
演出 :金澤菜乃英
上演会場・日時 :吉祥寺シアター ・2024/09/28 (土) ~ 2024/10/06 (日)
https://www.musashino.or.jp/k_theatre/1002050/1003231/1006596.html
別役実にしては登場人物の多い台本で、内容を一言で言うと、ナンセンスなドタバタ劇。といっても、アクションシーンが楽しめるわけでもない。主演の二人はリアルに老人で、推し活向きの舞台でもない。話の展開も極めて不条理で、ストーリーが楽しめるわけでもない。主演の二人の老騎士を残して、登場人物が次から次へと死んでいく、とういうか大半は老騎士たちに殺されていって、最後には二人の老騎士だけが生き残る、そんな話。ここまで読んでいて、一体何が楽しいのかサッパリ分からないだろうけれど、僕は好き。関東圏で別役の本がかかるときには、なるべく観に行くようにしている。
話の流れはこんな感じ。「移動式簡易宿泊所」という粗末な看板がかかっている宿に、病人を探す医師と看護婦、そして亡くなる人を探す牧師がやってくる。まだ見ぬ客について言い争っていると、宿の主人とその娘(この娘を演じる野邑光希さんはスラっとした美人さんで、推し活もありである)が戻ってくる。娘が告げるには、具合の悪そうな騎士と従者がこちらに向かっているという。そして、ヨロヨロの年老いた遍歴の騎士と従者の二組がやってくる。騎士たちは、その性分で関わる相手を次々に殺してしまうが、実はそんな生活に飽き飽きしていて、死にたいとさえ思っている。しかし、それが叶わない。最後に残った二人の老騎士は、死ねない絶望を「やれやれ」といった感じで語り合う。
深読みできそうな台本だけど、別役の戯曲は深読みしないのが個人的には正解だと思っている。会話のズレとか、非常識を常識のように演じる可笑しさとか、そういう多分演劇というメディアでしか伝達できない空気感を純粋に楽しめば良いのだと思う。そして、別役のお芝居では、登場人物の殆どが死んでしまうのがデフォルトなので、最後に舞台ががらんとして、その上空には相変わらず風が吹いていて、寂寥感とか無常観が滲み出てきて、それも味わいの一つ。別役は、小学生の時に満州から引き上げてきて、その後日本各地を転々と放浪して、そういう彼の経験が、その作品の空気感に出ているのだろうという評論を読んだことがあるが、それには僕も同意する。
そういうタイプの台本なので、演出家と役者の力量がとても問われる。普通に演出して普通に演じると、確実に眠くなる。でも、この舞台は眠くならなかった。てか、かなり楽しめた。俳優さんは全員良かったが、特に主演の爺さま二人(山路和弘さんと山本龍二さん)が最高。また、騎士と従者の衣装も秀逸だった。兜の代わりに古くてベコベコニなった鍋や釜を被り、鎧の代わりに鍋の蓋とか、他にも古くなったブリキ製品を沢山身にまとっている。さすがに、どの時代にもそんな騎士や従者がいるわけもなく、ヨレヨレ感の表現と、そもそもこれは現実世界を具象的に表現した舞台ではないことの記号表現だと理解した。
1954年創設の劇団青年座の公演だからか、そもそも別役の芝居だからか、客層は60~70歳代が中心。52歳の私ですら相対的に若い状況で、まるで自治会の集会のようである。チラホラいた比較的若い観客は、出演者の関係者か。もう少し若い世代にも、こういう渋めの舞台に来てほしい。そうでないと、私がジジイになった時に、別役の舞台を楽しめなくなる。
___ ここから公演内容と直接関係の無い記述 ___
吉祥寺、実は初めて行く街でした。大きなアーケード商店街があり、若い人も多くて、老人も小綺麗で表情も明るく、良い街だと思った。
これは私の持論なのだけど、その街の住人の経済力とか文化度は、その街を歩く老人のビジュアルに最も如実に表れると思う。若い人は、皆さんとても見た目には気を遣うので、それほど差がつかない。けど、年寄りは、それまで送ってきた人生の総決算が、その表情に、物腰に、腰の曲がり具合に、身につけているもののセンスやメンテ具合に、そういったあらゆる部分で無慈悲に可視化されてしまう。
若いときの苦労は買ってでもしろ、と良く言われるけれど、ある程度の年齢になったら、生産的でない苦労は極力避けて、できるだけ楽しむ方向に生活を移行していくのが、人生を充実させるコツなのだと思う。私もジジイになっても、たまに芝居を楽しめるくらいの健康的・精神的な余裕は持ち続けたいものだ。
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