Bernd & Hilla Becher 回顧展 @ The MET
「工場萌え」という言葉がある。今から15年ほど前、日本で流行り、工場好きな人のために様々な見学ツアーが企画され、工場の外観や内部を写しだす写真集が売れた。その頃アメリカにいた私はただ様子を眺めていただけだったが、自分も「工場萌え」の一人だと確信していた。小さい頃から工場を訪れるのも外から眺めるのも何故か好きだったからだ。
ニューヨークにあるメトロポリタン美術館の2022年目玉の展示の一つがドイツのコンセプチュアル・アーティスト及び写真家であるベルント & ヒラ・ベッヒャー (Bernd & Hilla Becher)の回顧展。アーティスト夫婦の全作品が展示されている世界初の展覧会だ。彼らを有名にしたのは20世紀半ばから西ヨーロッパやアメリカで撮影された工場や給水塔、冷却炉などの写真群。19世紀から20世紀半ばまで近代産業を担った工場の数々は第二次世界大戦後次々と閉鎖され、解体されていった。
ベッヒャーは消えゆく欧米の工場をモノクロで撮影し、同類の写真をまとめてグリッド構成で展示。その技法はタイポロジーと呼ばれ、新しい現代写真の潮流を作り出した。
グリッドで展示されるのは一見同じような近代産業の建物。だがよくみると、微妙に形や高さ、大きさが違う。装飾されたものもあれば、シンプルな佇まいのものもある。その同類性に「どの人間も考えることは同じだな」という人間の類似性や前例を踏襲しパターン化してしまう習性を見ると同時に、僅かな差異の中に集団の中の個の存在を見出す。
写真に写るのは建物だけで人影はない。だが何十枚も並んで展示されると、それぞれの建物が人格を持った生き物のように見えてくる。また建物を通して、それらを建てた人々、そこで働いていた人々、周りで生活していた人々の姿が見えてくる。20世紀前半、産業化を担った工場は不要となり、戦後解体され、消えていった。それと同時に周りにいた人々や彼らの生活も消えていったのである。
移りゆく時代を感じるからベッヒャーの作品には寂しさが付きまとう。でも同時にタイポロジーとして展示される写真には人間の普遍性、類似性が見られて思わず微笑んでしまう。そして消えゆく運命にある建物の最後の姿は美しい。建物を通して私たちは私たち自身を見ているのかもしれない。少し切なく、可笑しく、美しく、そして愛おしい。