The Long Goodbye ~ 私が好きなミステリー
ミステリーを書いている身として、当然ながら、執筆作法で影響を受けた作品は多い。レイモンド・チャンドラーの「The Long Goodbye」はその中のトップクラスだ。
読書をエンターテイメントとして捉えると、この作品を超える小説に私は未だ出会っていない。とにかく読んでいて心地よい。この小説を読んでいると、まるで音のいいオーディオ・セットで、お気に入りのアナログ・レコードを聴いている。そんな感覚になる。私だけかもしれないけど。
なんと言っても、主人公の台詞と描写が素晴らしい。村上春樹の新訳で再読した時、感銘を受けた表現にポストイットを貼り付けていったのだが、ポストイットだらけになってしまった(笑)
本作は一般にハードボイルドとして分類されるが、私としては、本格ミステリーの傑作という認識である。今となっては、多くの推理小説で流用されたトリックだから、トリック自体に驚くことなないが、上質な文章によって、心地よいノスタルジーに浸ることができる。
私のお薦めは、深夜、ソファに座り、「テイク・ファイヴ」をBGMに、何か飲みながらの読書。ひと時だけ、フィリップ・マーロウになる。
https://www.youtube.com/watch?v=Hm-q80gA7NI
「The Long Goodbye」は映画化されていて、ブルーレイを買って観たのだが……。ショッキングだった。
雰囲気が原作とは全く違っていた。ワイルドでタフガイのマーロウが、ペットの子猫にキャットフードを作り、隣人のおねえさんからは買い物を頼まれる、何とも気のいいオジサンに。ロバート・アルトマン監督はまったく新しいマーロウを造形していた。
原作で多くのファンに慕われていた有名な名台詞、名シーンが大胆にも殆ど割愛されている。何故こんなソフトなマーロウに造形したのか? あの台詞を言わせなかったのか、その理由はラストシーンでやっと解る。
このマーロウは、タフでもなければ優しくもない。生きる資格のないチンピラ。やってくれるじゃないか!
天国のレイモンド・チャンドラー先生が観たら、どう思うだろう。巨匠監督は原作を忠実に再現する気持ちは1ミリも無かったらしいのだが、原作に対する最低限のリスペクトは???