宗教の事件 16 「オウムと近代国家」より 三島浩司

●同質性への傾斜は、やっぱり危ない

三島 ただ、柄にもなく堅いことを言いますが、いまの日本は翼賛体制なんじゃないか。徹底した異物排除の論理に基づくきわめて狭量な社会になっているのではないか。オウム裁判に携わって、そのことを痛感しますね。私への市民社会やマスコミの反応は「非国民」的なものが圧倒的に多い。みんな戦前の翼賛体制を批判するけれど、いまもそれと何ら変わっていない。と言うより、いまの翼賛体制のほうがタチが悪いと思う。戦前の場合は上から強いられたという性格が多少あったけれど、現在の翼賛体制は国民が自発的につくりあげているものだからね。
・・・・・・どうかすると「民主主義」や「リベラル」という名の下にね。

三島 そう。オウムのような重大な犯罪を犯した者を裁くのは当然のことだが、国を挙げての集団リンチのようなヒステリックなさばき方はいかがなものか。もう少し冷静に事件を見極めていく必要があるのではないかと思う。被告人や信者の話を聞くと、少なくとも彼らの現在の日本に対する否定的な見方や、それゆえの入信のなりゆきはわかるような気がするしね。事件の根の部分ももっと見ておかないといけないんじゃないかな。

弁護士という仕事に携わっているためか、いまの社会が異物排除の論理に基づいてどんどん翼賛体制化しているのが身に沁みてわかるんですよ。どんどん社会が均質性を強めて狭量になっている。私が弁護を担当している諸事件の被告人への世間の風当たりだけでなく、学校でのいじめの問題やホームレスを若者が主激したり、在日朝鮮人の女学生のチョゴリを切ったりする事件にそれを感じるんですよね。

これは危ないことなんではないのか。戦前の日本が翼賛体制化の果てに戦争に突入して破産したような道筋をたどっているのではないかと思う。もっと懐の深い社会にしなければ、日本は危ないような気がするね。

・・・・・・その“懐の深い社会”というのは、具体的にはどのような社会を想定されていますか。

三島 たとえば、かつてのローマ帝国。ローマは当時の世界国家であったわけだけど、私はローマがなぜ滅んだかではなく、なぜあれだけの長い栄光の歴史を続けることができたかに興味があるんですよ。で、少し勉強してみたんですが、ローマ帝国は体制そのものに非常な許容量がある。極端に言えば、ローマ法を認めて遵守すれば、それだけでもうローマ帝国の構成員と認められる。

当時の帝国のなかにはユダヤ教を奉じるユダヤ人や初期キリスト教の信者などの異教徒なども大勢いたし、いろいろな民族が雑居していた、しかし、信仰や民族はどうでもええ、ローマ法を守ればみんなローマ人や、といういい加減なところがあった。だから二重国籍まで認めている。それに、ギリシャ人がほとんどである植民地に入植するについては、行く人間にちゃんとギリシャ語を学ばせている。こうした、異なった民族、宗教、体制に対する許容量の大きさ、度量の広さがローマの長い栄光の歴史を支えるカギだったと、私は思っているんですよ。

一方、イベリア半島の歴史をみると、ここもローマ時代のハンニバルの系譜やイスラムが混在して絢爛な文化の華を咲かせたわけだけど、レコンキスタやユダヤを追放する。ことにユダヤ人を追放したことがスペインの衰亡につながってくる。これと他の歴史的事実などもあわせて考えてみると、異質なものを排除する社会は衰亡に向かうということはかなりの程度の歴史的確率の問題として言えるのではないかと思いますよ。逆に言えば、異質なものを抱え込むだけの懐の深さのある社会は一定の繁栄を持続できるという気がする。

日本の場合もそうじゃないかな。たとえば、大化の改新直前に朝鮮半島で動乱が起こって百済が滅び、百済救援に向かった日本が白村江の海戦で大敗北を喫するわけだけど、その時に膨大な数の百済の亡命者を受け容れている。古代日本は、朝鮮半島で動乱が起こる度に亡命者を受け入れているわけですよね。その亡命者が文化や技術をもたらして、それが以後の日本の興隆発展の基礎になったわけでしょう。

ところが近代に入ると、日本は急に閉鎖的になったね。日本のほうが近代化していたことや、近代国家そのものが持つ閉鎖性からくる面も大きかったと思うけれど、戦前の朝鮮統治政策は日本語や日本名を強制したり、わざわざ日本の神社を建てたりしている。そんなバカなことをやらないで朝鮮や台湾に行く日本人には朝鮮語や福建語をちゃんと学ばせて派遣するくらいのことをやったら、その後の展開はずいぶん変わったものになっていたのではないかと思うけどね。

・・・・・・帝国主義としてのキャリアのなさね。よその国をちゃんと侵略する資格もないままにうっかり侵略してしまって本当に申し訳ない、と言う。こりゃもう情けないとしか言いようがない。イギリスの当時技術の洗練のされ方なんて、これは呉智英さんのもの言いだけど、強姦した相手にありがとうございますと言わせるくらいのレベルに達していたりする。

三島 そう。筋金入りの植民地主義者は、テクニシャンでなければいかん。

現在は、その戦前よりもっと閉鎖的だと思う。ことに最近はね。なにせ、日本人同士で異物排除ごっこばかりやっているんだから始末に負えない。仕事柄、私は異物として排除される側の人間に関わっているから、日本がどんどん閉鎖的になっているのがよくわかるんやね。戦後直後や二十年ほど前のほうがずっと開放的やったですよ。なんで、こうなってしもうたんかねえ。


(つづく)


「オウムと近代国家」(南風社)

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