ヘンリー・ミラー きみは、一日じゅう、どうして暮しているんだい

きみは、一日じゅう、どうして暮しているんだい。退屈しないかね。女と寝るほうは、どうしているんだい。おい・・・・・・こっちへこいよ!まだ逃げちゃいけないよ・・・・・・おれはさびしいんだ。何かいいことはないかね・・・・・・もしこのままの状態か、あと一年もつづいたらおれは気が狂ってしまうよ。おれは、このくそいまいましい国から逃げ出さなければならない。ここには、おれのためになるものは何もないんだ。いまはアメリカだって虱たかりの状態だが、それも全然むかしと変っちゃいない……ここにいると変になってくるよ……ここに一日中腰をすえている安っぽい連中は、みんな自分たちの自慢ばかりしているが、いずれも鼻もちならぬ臭気にも値しないような奴らばかりだ。みんな落伍者だよ……だからこそ、はるばるパリくんだりまで渡ってきたのさ。なあ、ジョー、きみはホームシックになることはないかね。きみは変りものだよ……ここにいるほうが好きらしいね。ここに何があると言うんだい……聞かせてもらいたいね。ああ、なんとかして自分自身について考えることをやめられるといいんだがな。俺の内部は、すっかりねじくれているんだ……内部にこぶでもあるみたいだ……ねえ、おれはきみを退屈させていることは知っているよ。だけど、誰かにしゃべらずにはいられないんだ。階上のあんな奴らには言えないよ……あのろくでなしどもが、どんな奴らか、それはきみだって知ってるだろう……あいつらがみんな署名入りの記事を書くことにばかり身を入れてやがるんだ。それに、あの小僧っ子のカールだが、あいつは、おそろしく利己的な野郎だ。おれはエゴイストではあるが、利己的じゃない。これは区別すべきだね。俺は神経病患者なのかもしれないね。自分自身について考えることをやめられないのだ。だからと言って、自分をそれほど大した人間だと思っているわけじゃない……単に他のことが考えられないだけだ。それだけのことだよ。多少でも救いになってくれそうな女と恋愛できるといいんだが、しかし、おれに興味をもつ女なんて見つからないしね。おれは支離滅裂なんだ。それはきみにもわかるだろう。わからないかね。どうしたらいいと、きみは思うかね。きみが、おれの立場にあったら、どうするかね。なあ、おい、もうこれ以上きみを引きとめようとは思わないよ。だけど、明日は起してくれよ……一時半にね……いいだろう。おれの靴を磨いてくれるんなら、何か特別に出すよ。それから、いいかね、もし、きみが特別上等のワイシャツ……うんと清潔なやつを持っていたら、それを持ってきてくれないかね。ひどいもんさ、おれは、あの勤めに粉骨砕身しているんだが、さっぱりしたワイシャツ一枚買えないんだからね。おれたちを、まるでニグロの群れみたいにこき使っていやがるんだ。まあいいや、畜生め!俺は散歩に行くぜ……腹のなかから汚物を洗い出すんだ。忘れないでくれよ、明日のことをな!


ヘンリー・ミラー  「北回帰線」

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