幸せを感じられなくなったとき あなたは?
ふとしたときにストンと落ちてしまうことがあります。
好きな人と結婚。毎日の仕事と家事に追われ、時間に少し余裕が生まれたとき。
やりたいことをやり尽くし、自分の人生サイコーと思っていて、何年も過ぎたとき。
子育てを終え、忙しさから解放されたとき。
定年を迎え、ヒマが増え、何をやってもいいようになったのに何もせず、時間だけが過ぎていくとき。
売れるまで諦めないゾとバンド活動をしていたものの、35を過ぎ、路上ライブも恥ずかしくなってきたとき。
念願のデビューができ、熱狂的なファンも増え、追いかけられる存在になり、お金も名声も手に入れた後。
仕事で想いを共有していたはずのビジネスパートナーが去ってしまったとき。
それまで自分のことを親身に相談に乗ってくれていた上司がいなくなり、あたらしく来た上司はすべての自分のできない所をえぐるように最低の評価をしてきたとき。
信じていた人から裏切られ、仕事もお金も失ってしまったとき。
親と思っていた人がそうではなく、赤の他人だと知ってしまったとき。
そんなとき、心にポッカリと大きな穴が開いたような気になります。
そんなとき、どうしたらいいのでしょう?
私の場合、じたばたせず、落ち込むときは落ち込んでいいと思ってます。というのは目の前の現実から一時的に逃げても、逃げられないからです。
だったら目の前の現実を受け入れ、心も体もならしていくしかない。そのほうが結局は早く脱け出せるからです。
私(ひろ)の場合も、好きになった女性を友だちに取られた。信じていたビジネスパートナーが心のわだかまりを隠していた。
いくらがんばっても周りから冷めた目で見られた。あたらしく来た上司に執拗に攻撃された。
治りかけては悪化し、治りかけては悪化する病気にさいなまれた。人生がよくなるという教えをいくらやってもよくならなかった……といったことが起きました。
そのたびに落ち込み、もう終わりだ、と何度想ったことでしょう。けれども敗北感を味わううちに、だんだんともうひとりの自分が芽生えてきました。
このままじゃいけない。何かを変えなければ、の想いで必死に脱け出してきました。
その脱け出すポイントは、必死に探しているときはなかなか見つかりません。力が入り過ぎ、目の前の抜け道が観えないからです。
けれども落ち込み、敗北感を味わい、諦めた後に、ふとしたときに向こうのほうから陽光が差してくることがあります。ほんのちょっと開いた扉から明かりが差しているのです。
あれ、それは何だろうと近づいていくと、やさしく受け入れてくれる場所が観えてきます。あ、やっと助かる道があるかもしれない。そう想ってはやる気持ちが前に出てくると、あっという間に消えてしまいます。まるで砂漠のなかの蜃気楼のように。
だからあせらず、ゆっくりと近づいていく。そぉっとそぉっと。そうしたら消えることはありません。ほんの、ささいなことがきっかけとなって脱け出す道すじとなっていく。ふとしたひと言、体験が自分を一歩先へと推し進めてくれるのです。
そこできょうは2つ、入れておいた音声を紹介します。
ひとつは落ち込むことがあったとき(何もかも行き詰ったときに)
もうひとつはしあわせを感じられなくなったとき
です。
どちらも経験した私たちやクライアントの方々が通ってきた軌跡です。
ご自身の脱け出すヒントとして参考にしてください。
何もかも行き詰ったときに
しあわせが感じられなくなったとき