見出し画像

SNSの誹謗中傷の対処法

今日のおすすめの一冊は、堀江貴文氏の『最大化の超習慣』(徳間書店)です。その中から『「点」を打つ習慣』という題でブログを書きました。

本書の中に「SNSの誹謗中傷の対処法」について興味深い文章がありました。

ぼくのツイッターにはたくさんのフォロワーがいる一方で、そのぶん投げつけられる誹謗中傷も多い。ツイッターが普及しはじめたころからずっとその調子である。いちいちかまっていられないので基本的には無視するが、目に余る投稿に対しては 発信者情報の開示請求を行っている。
場合によっては訴訟手続きも辞さない。面倒だがやむを得ない。まあ、ぼくはそれで済む。誹謗中傷には耐性ができている。 問題は、耐性のないひとに誹謗中傷が浴びせられるケースだ。
SNS上のちょっとした発言の揚げ足をとられ、集中砲火を食らう。 そこでなにか反論しようものなら大変だ。ここぞとばかりに火の手はさらに燃え盛る。そうやって袋だたきにあったひとが精神的に追い詰められた結果、みずから命を絶つような痛ましい事件も起きている。
だれもが被害者、あるいは加害者になる危険性をSNSははらんでいる。それは事実だ。そのような背景を受けて、デジタルデトックスを推奨するむきも一部である。 SNSの使用、つまりスマホの使用を一定期間断つことで、精神衛生の改善をはかろうというのだ。
しかしぼくは、デジタルデトックスにはあまり賛成できない。 今後、デジタル社会はさらに加速していく。 SNSは使わざるを得ない。ぼくらはSNSなしでは生きられない。SNSを手離すのは大きな損失だ。
そもそも進化したテクノロジーに逆行するのは不可能である。 SNSを取り巻く問題を解決するうえで大事なのは「使う」「使わない」ではないだろう。「どう使うか」だ。どうリスクヘッジすべきかである。
ぼくに言わせれば、SNSで誹謗中傷をぶつけてくるひとは、文章力、読解力がいちじるしく欠如している。つまり文章が読めないのだ。皮肉でそう言っているのではなく、世のなかにはほんとうに文脈や行間をまるっきりとらえられないひとが一定数存在する。そのことをあなたにはまず知っておいてほしい。
であれば、あなたがとるべき態度はシンプルだ。 しつこくからんでくる相手はブロックする。目に余る言葉を投げつけられたら警察にしっかり被害届を出す。そうやってあなたのスタンスをはっきり固定しておく。 なにせ相手は言語能力を欠いている。対話で解決しようとするだけ無駄だ。 機械的に処理していくのが、SNSとストレスフリーでつき合うためのコッだ。
《文章を読めない相手とはかかわるな》

誹謗中傷する人は、文章の中身を読まずに、タイトルだけで絡んでくる人もいます。また、かりに文章を読んだところで、どうしてそういう解釈が生まれるか、というほどの仰天の難癖をつけてくる人もいます。堀江氏のいう「文章を読めない人」です。「文章を読めない者は、他人に対して攻撃的な言動を取りやすい」という説もあります。

塚原卜伝の危機管理のエピソードがあります。弟子と一緒に小田原城の近くを歩いていたとき、弟子の一人が馬のすぐ後ろを歩いていたところ、馬が暴れました。しかし、その弟子はそれを一瞬でヒラリとかわし、何事もなかったように歩き続けたといいます。しかし、卜伝はそれを見て「この未熟者め」と𠮟ったといいます。一方、塚原卜伝は馬を避け遠回りをして歩いたとそうです。

まさに「君子危うきに近寄らず」です。SNSの難癖もスルーしたほうがよさそうです。

今日のブログはこちらから☞人の心に灯をともす

いいなと思ったら応援しよう!