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惻隠(そくいん)の情

今日のおすすめの一冊は、志賀内泰弘(しがないやすひろ)氏の『元気がでてくる「いい話」』(グラフ社)です。その中から「会社の肩書」という題でブログを書きました。

本書の中に「惻隠(そくいん)の情」という心に響く文章がありました。

友人のAさんの会社が耐え切れず倒産した。Aさんは、IT関連のベンチャー企業の社長であった。三十歳そこそこで時代の寵児(ちょうじ)になった。マスコミにもしばしば登場し、政治家や財界人との付き合いも華やかだった。

ナスダック上場の話しも持ち上がり、まさにこの世の春であった。しかし、その春は永くは続かなかった。かわいがっていた部下からも裏切られた。出資してくれた企業家からは、「二度と町を歩けんようにしてやる」「一生奴隷になって働け」と凄(すご)まれた。

いつもニコニコ愛想のいい宅配のお兄ちゃんも豹変(ひょうへん)し、「隠れたって居るのはわかっとるゾ、カネ返せ!」とドアを蹴りまくった。Aさんは家の中でブルブル震えていたという。体調も崩れ、痩(や)せこけて別人のような顔立ちになった。

何ヶ月か経ち、少し落ち着いて、出資者やお金を貸してくれた人にお詫びに回るようになった。どこでも罵倒(ばとう)され、そのたびに命の縮まる思いがした。そんなとき、500万円出資してくれたBさんのもとを訪ねた。たぶん、ここでもボロクソに言われるだろうな、と覚悟していた。

Bさんは学者で、ときおりテレビにも出る著名人。歯に衣着せぬコメントで有名な人物だ。Aさんを前にして開口一番。「こういうとき、人間の本当の面がわかるんだよ。いい勉強だ。よく見ときなさい」ただそれだけを言うと、仕事場に消えた。Aさんは、涙があふれて止まらなかったという。

◆今まで成功していた人が、ある日倒産したり、失敗して迷惑を掛けたとき、たいてい人は態度が豹変する。邪険に扱い、罵倒もする。時代の寵児(ちょうじ)に祭り上げられた者が転落したときほど世間の批判の目は厳しい。

国家の品格を書いた、藤原正彦氏は、ライブドアの堀江氏(ホリエモン)が全盛の頃講演で、彼のことを「下品」で「卑怯」と口を極めて批判した。しかし、その後、彼が逮捕されると、ピタッと堀江氏のことは言わなくなった。

「司直の手が入り、裁かれた者に、さらに追い討ちをかけるような真似はできない」「それが、惻隠(そくいん)の情だ」と言っていた。

惻隠の情とは、弱者へのいたわりやあわれみの心であり、失意に打ちひしがれている敗者への思いやりの心だ。日本古来の武道には、この惻隠の情があった。だが、昨今では、勝ってガッツポーズをしたり、勝ち誇るような高笑いをする者さえいる。敗者や弱者、虐(しいた)げられた者に対したとき、人間の本当の姿がわかる。惻隠の情を持てる人でありたい。

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