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大切にしたい「もののあわれ」

今日のおすすめの一冊は、藤原正彦氏の『日本人の真価』(文芸新書)です。その中から「独創に最も大切なものは美的感受性」という題でブログを書きました。

本書の中に『大切にしたい「もののあわれ」』という心に響く一文がありました。

ケンブリッジ大学にいた頃、クイーンズカレッジの学長宅(プレジデント・ロッジ)に 夫婦で夕食に招かれた。築四百年というこの木造三階建ての二階には、ロング・ギャラリ ーと呼ばれる幅六メートル、長さ二十五メートルほどの細長い部屋があった。

一番驚いたのは、部屋の長い壁面が床に垂直でなく傾いていたことだった。「こんな建物は日本なら地震でいちころ」と思ったので、地球物理学者の学長に「イングランドに地震はないのですか」と尋ねた。

「この四百年間はほとんどありません」と答えた。イギリスばかりか、ドイツ、フランス、北欧にも地震はほとんどない。 何万年にもわたって大地震、大津波、大台風、大洪水、大噴火などで何もかも失うという体験を強いられてきた日本とはまるで違う。

日本のこの特異な風土が、日本人の思考や心情に大きな影響を及ぼすのは当然であろう。 農耕の始まった縄文時代の人々はすでに、「人の世の儚さ」を感じていたはずである。 

この縄文文化があったから、六世紀に仏教が伝わって来た時、「無常観」というものに深く共感できたし、鎌倉時代に禅が伝わって来た時、「生に執着しない」という考えに武士達が速やかに共鳴し、中国や朝鮮などと違い庶民にまで広がったのであろう。 

大自然の猛威を知っていたから、科学技術により自然を征服する、などと西洋人のようには考えず、自然を畏怖し、神としてひざまずいた。神道の淵源である。 また、「人の世の儚さ」を知っていたからこそ、過去を破壊し続けてきた他国と異なり、過去との連続性を大事にするという気持が生まれた。

日本だけが、神話時代から始まる万世一系の天皇を今も戴き、古典芸能や古い祭りなどを連綿と守り続けているのもそのせいだろう。私の故郷諏訪の「御柱祭」などは平安時代初期から行われている。 

「人の世の儚さ」は、文学の場では「もののあわれ」となり平安から中世の文学を彩った。 しみじみとした情趣や無常観的な哀愁である。 

古今集で在原業平は「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」と歌った。詩人の茨木のり子は「さくら」の中で、「・・・・・・さくらふぶきの下をふららと歩けば  一瞬  名僧のごとくにわかるのです  死こそ常態  生はいとしき蜃気楼と」と詠んだ。

これらが現代の我々の胸に響くのは、日本人の胸に深く、「もののあわれ」が埋め込まれているからだ。この高尚な美意識は、天災の贈り物だったのである。 この情緒は他国にはほとんど見られない。

我が家を訪れた英国人で日本の中世文学を専攻する学者に尋ねたことがある。「研究する上でどんな難しさがありますか」「もののあわれです」「もののあわれは英国にはないのですか」「無論あります。ただ日本人ほど鋭くない。だからそれに近い意味合いの言葉さえありません」。同じ質問を、同じ専攻の韓国人留学生にしてみたら全く同じ答えだった。

「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速(なにわ)のことも 夢のまた夢」

豊臣秀吉の辞世の句だ。農民から天下人まで上り詰めた秀吉。栄華を極め、向かうところ敵なしだった秀吉が最後にいきついたのがこの心情。まさに、「起きて半畳  寝て一畳  天下とっても二合半」ということわざの通りだ。

日本人の「もののあわれ」「人の世の儚さ」そして「無常観」を大切にしたい。

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