『続く僕らの命』<第2話>突然の告白
冬休みに入ったばかりの12月24日。クリスマスイブのその日、お兄ちゃんの計画通り、僕は揺波ちゃんと遥生くんのデートを尾行する前に、大好きなおじいちゃんが入院している病院へ花束を抱えてお見舞いに行った。
「おぉ、命多朗…見舞いに来てくれたのか。うれしいよ…。おまえも一人で病院に来られるくらい、大きくなったんだな。こんな風におまえの成長を見られるなら、もう少し長生きしたかったよ…。」
病気が長引いているせいか、おじいちゃんは弱音を吐くことが多くなっていた。
「おじいちゃん、長生きしたかったとか過去形で言わないで。長生きしてよ。医者になって僕がおじいちゃんの病気を治してあげるから。それまでがんばって。」
「ははっ…孫にそんなことを言ってもらえるとはね…病気するのも悪くないね。命多朗…おまえに会えたことがおじいちゃんの人生の中で一番幸せなことだよ。」
「ほんと?お医者さまになれたことより、何より幸せなの?」
「あぁ、本当だとも。たしかに医者になって、たくさんの命と向き合えたことも誇りではあるけれど、孫に出会えた喜びは何物にも代えがたいよ…。何しろ、おまえが授かるまで随分時間もかかったからね。」
「おじいちゃんにそう言ってもらえてうれしいな…。でもさ…本当は僕が生まれるよりずっと前に孫がいたんだよね?その子のことも大事にできたら良かったのにね…。」
おじいちゃんは少し顔色を変えて僕に尋ねた。
「その話は…お母さんから聞いたのかい?」
「うん、そうだよ…。生まれられなかったんじゃなくて、産めないと判断して、命を絶たせてしまったお兄ちゃんがいたってことをお母さんは去年、教えてくれたよ。」
「そうだったのかい…。わしがあの家からいなくなったから、お母さんはおまえに話したのかもしれないね…。」
ベッドに横たわっているおじいちゃんは遠い目をして窓の外をぼんやり見つめていた。そしてふと思い立ったように、重そうに口を開いた。
「命多朗…おまえがあまりにもわしのことを好いてくれるから、うれしい反面、時々心苦しく思える時もあったんだよ。こうしてひとりで見舞いに来てくれるほど、孫に好かれているなんて本当に幸せなことだけど、その分、苦しくもなる。自分は…本当はそんなに孫から好かれて良いほど、善人ではないから…。命多朗に好かれる資格のない人間なんだ…。おまえからやさしくされればされるほど、つらくもなるんだ。」
「おじいちゃん、急にどうしたの?何が言いたいの?」
「命多朗…そろそろ早めに帰ろうか。二人の尾行に遅れるといけないし。」
何かに勘付いたお兄ちゃんは僕をさっさと病室から出そうとしたけれど、僕は動かなかった。大好きなおじいちゃんが人知れず抱えているらしい苦しい心の内を受け止めてあげたかったから。おじいちゃんの言葉ならどんな言葉だとしても、受け止めてあげられると自分を信じていた。
「命多朗は来年、中学生になるんだったね…。」
「うん、そうだよ。僕はもうすぐ中学生だよ。そしてあっという間に高校生になるし、医大に入れるように勉強をがんばるよ。」
「もしも…わしの病気を治すためだけに医者を目指すというなら、それはやめた方がいい。わしは…命を救われる価値のない人間だから。わしを助けたいなんて思わなくていいんだよ。命多朗は自分の好きな道を進みなさい。」
「おじいちゃん…もしかして僕がおじいちゃんと比べたら頭も良くないし、医大なんて無理だと思ってるから、諦めさせるために言ってるの?それなら、僕、もっとちゃんと勉強がんばるから。」
「違うんだ、命多朗…おまえの学力なんて関係ない。おまえは何も悪くない。悪いのはわしの方なんだ。……お母さんが大学生の頃に身ごもった子を諦めさせたのは、わしなんだよ…。」
「じじい、それ以上何も言うな。」
お兄ちゃんはなぜか慌てた様子で、僕ではなく、おじいちゃんに向かって話しかけたけれど、もちろんおじいちゃんにその声は届いていなかった。
「どういうこと…?おじいちゃんが孫を産ませなかったってこと…?産婦人科医なのに…?僕が生まれる時、とり上げてくれたみたいに、その手で赤ちゃんをとり上げる力を持っているのに…?」
「産婦人科医だから…おじいちゃんが…わしがこの手で、まだ子宮の中でしか生きられない小さな胎児を、外の世界に引きずり出したんだよ。おまえのお兄ちゃんの命を…わしがこの手で奪ったんだ…。」
声を震わせながらもおじいちゃんははっきりそう言った。
「えっ…?何…言ってるの?そんな話は作り話でしょ?エイプリルフールじゃあるまいし、悪い冗談はよしてよ。今日はクリスマスイブだよ…。」
おじいちゃんが心の底から引きずり出した言葉を僕はまだ信じていなかった。信じたくもなかった。
「クリスマスイブだから…話したくなったんだ…。今日があの子の命日だからね…。命多朗にこの話をしたら嫌われるのは分かってて、話したんだ。嫌われたくなったのかもしれない。おまえがあまりにもこの罪人にやさしいから…。もうおまえの前で善人のフリをするのはくたびれてしまったのかもしれない…。わしは医者の端くれとして、自分の病状は分かっているつもりだよ。命多朗…おまえはこんな老いぼれのことは忘れて、愚か者のために医者になるなんて夢は持たずに、自分らしく伸び伸び生きなさい。わざわざお見舞いなんて来なくていいからね…。今までありがとう。まだ小6のおまえにこんな酷な話を聞かせるのは忍びなかったが、わしが自力で話せるうちに、愛して止まない孫に自分の口で伝えておきたかったんだ。自分の犯した罪を…。こんな話を聞かせて、おまえを傷つけて、さらに罪を重ねてしまってすまない。お母さんからその話を聞いたおまえなら、わしの話も受け止めてくれるとおまえに甘えてしまったんだ。」
おじいちゃんはまるで赦しを乞う罪人のように懺悔した。
「そんな話…僕は信じないよ。孫が大好きなおじいちゃんが…僕のことをとり上げてくれたおじいちゃんがそんなこと…するはずがない。」
そして僕は病室から飛び出してしまった。
「あのじじい、余計なことを言いやがって。あいつはいつも自己中なんだよ。自分が楽になりたいから、白状したようなもので、命多朗の気持ちなんてお構いなしなんだから…。あんなじいさんの言うことなんて、何も気にするなよ?」
涙目になりながら病院から駆け出した僕の頭の中で、お兄ちゃんは僕をなだめるようにつぶやいた。
「お兄ちゃんは…そのこと知ってたの?本当のことなの?隠さず教えてよ。」
立ち止まったその場所ではまだ昼間だというのに、クリスマスのイルミネーションが輝いていた。
「え…あ…うん、まぁな。俺も、その当時は胎児だったから、全然知らなかったんだけど、命の使いとして生まれ変わって、母さんやじいさんと再会した時、真実を知ったよ。でも俺が知ってるあのじいさんは元々イメージが悪かったから、それを知ったところで、ショックは受けなかったよ。命多朗から見れば善いじいさんだから、ショックだよな…。」
「僕は…今日までおじいちゃんやお母さんから騙されて、見せかけの幸せの中で生かされてた気がするよ。うちの家族ってほんとは悪い人ばっかりだったんだね。」
「いや…騙してたわけではないと思う。おまえのために黙っていただけで…。それにさ、あのじいさん、俺からすれば悪者だったけど、おまえは知らない亡くなったばあちゃんや、患者さんたちからは随分慕われていたんだ。知ってると思うけど、お母さんが大事故に遭った時以来、改心して、お父さんやお母さんに対してもやさしくなったしな。それにあのじいさんの手の中で死んだ俺が言うのもなんだけど、俺は別に何が何でも生まれたかったなんて思わないんだよ。そもそも存在したくなかったと考えていたくらいだし…。」
「おじいちゃんをかばってお母さんが事故に遭ったことは知ってるよ…。そのおかげで、お父さんともまた仲良くなれたから、死にかけたけど、悪い事ばかりじゃなかったってお母さんは笑って話してた。その時の事故がなければ、お父さんとは復縁できなくて、僕は授からなかったかもしれないって…。だからどんなにつらいことが起きたとしても、きっと良いこともあるから、めげずに生きていくのよって僕に教えてくれたよ…。お兄ちゃんはそもそも存在したくなかったんだ…。そうだよね…。生まれられなかったんだものね…。僕もその気持ち、何となく分かるようになったよ…。」
「あーだから違うって。母さんの言う通り、どんなつらいことが起きても、それをバネにして生きろよ。あのじいさんからやっと解放されて、自由になれたって喜べよ。昔の俺は、自分の存在そのものを否定してたけど、今は違うんだ。わずかな期間でも命を授けてもらえて良かったと思ってるんだ。あの時、俺を手放してくれて良かったとも思ってる。だってそのおかげで、生まれられなかったからこそ、命多朗、おまえとこうしてまるで一心同体みたいにつながって話せてるんだから。普通の兄弟ならこんな風に話すことなんてできないぞ。心だけ残してもらえて、おまえと出会えたから、あのじいさんが俺にしたことは過ちではないよ。別に罪でもない。そんな風に消えていく命はたくさんあるんだから珍しいことでもない。前にも言ったろ。生まれる方が奇跡なんだって。」
一番つらいのはお兄ちゃんのはずなのに、一生懸命僕を慰めてくれた。
「うん…。分かったよ、お兄ちゃん。まだおじいちゃんのことは許せないけど、でも、おじいちゃんが生きている間にいつか許せたらいいな…。」
「よし、分かったなら、気持ちを切り替えて、二人の尾行に向かうぞ。」
こんな気分でとても恋なんて、探偵ごっこなんてできそうになかったけれど、自分のためではなく、やさしいお兄ちゃんのために、涙を拭って二人の元へ向かった。
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