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ショートショート:ただ愛が欲しかった

本作品では一部グロテスクな描写がございます。

「では、次のニュースです。福岡県福岡市の中学校で、今月7日、中学3年生の女子生徒が包丁で刺されて死亡し、1つ下の学年の女子生徒とが殺人の容疑で送検されました。逮捕された女子生徒は『私よりハートをもらっている事が憎かった』などと供述していおり、調べによると、女子生徒はハート依存症の可能性が極めて高いとの事です」


朝、いつものようにスマホをいじりながら1階へ降りると、リビングでニュースが流れていた。
最近よく耳にするようになったハート依存症。
SNSのハートの数に執着し、異常にその数にこだわる病の事だ。
あらゆるSNSに付いているハートという機能は、その数がアカウントの人気度を直接表している。
その数を巡って他人を殺したり、自分の存在価値を見出せず自殺するなんてニュースは最近では日常茶飯事だ。


「くだらない。全くもって意味が分からんな」
朝が早い父は、忙しそうに仕事へ行く準備をする傍らニュースを聞き流している。
その度に、「くだらない」だの「今どきの若者は」だの、誰に言うでもなくブツブツと呟くのが癖だ。
私はそうやって若者を見下し、あたかも自分の世代が世の中の中心だと誇示するかの様な父の事が大嫌いだった。

「おはよ」
「何だ香織、起きてたのか。俺はもう仕事に行くからな。お前もちゃんと学校に行くんだぞ。あと朝からスマホをいじるのはやめろ。ろくな人間に育たんからな」
私の顔をチラ見程度にそう言うと、父はさっさと仕事へ出掛けていった。
どうして私の父はこんなにも人の気分を害するのが上手いのだろう。
その父の血が半分自分にも流れているのだと考えるとすこぶる嫌気がさす。
再度テレビに目をやると、55歳の会社員が飲酒運転で歩道に突っ込み、数人が怪我をしたというニュースが流れている。
「大人だって一緒じゃん」
気分のいいニュースではないが、なぜか私の心はすっと少しだけ晴れた。
しかし、同時に父の血が流れている事を実感し、やはり私の心は曇った。


うちの家庭は父と私の2人暮らしだ。
母は何かにつけて文句や嫌ごとしか言わない父に愛想を尽かし、私が中学生の頃に離婚した。
私は初め母について行きたかった。
しかし、夜中に父と母が親権について話している時、「お前が産んだ娘なんだからお前が育てろ」と言う父に対し、「あなたとの間にできた子供なんて育てたくない」と母が言い放ったのを私はたまたま耳にしてしまった。
結局、翌日私に決定を促した両親に対し、経済的な理由も含めて父に着いていくと私は言った。
それが正解だったのか不正解だったのかは分からない。
だが、1つ確かな事はどちらについていこうが私に愛が注がれる事はないという事だ。
しかし、それは私にとって大きな問題ではない。
自分で言うのもなんだが、私はいい意味で他人とは違う。
私のSNSのフォロワーは5万人以上いる。
いわゆるインフルエンサーなのだ。
生まれ持ったスタイルと美貌を武器に、コスメやファッションを中心とした写真をSNSに投稿している。
その投稿には多くのハートマークが送られて、同様にコメントも送られてくる。
そう、私は家族に愛されてなかろうが、世の中には私を愛してくれる人が大勢いる。
家族なんて小さな世界での愛は、もはや必要性を感じなかった。


そうしてスマホをいじりながら登校し、教室に向かって廊下を歩いていると、入り口前で教室の中から落ち着いた声の私より2つほどキーの高い声が真っ直ぐに飛んできた。
「おっはよー香織! 今日も美しゅうございますなぁ」
「おはよう芽衣。今日も朝から元気だね」
彼女の名前は橋本芽衣。
インフルエンサーとして校内でも有名な私によく絡んでくる金魚の糞。
私と友達ごっこをする事で、スクールカーストの上位に居座ろうとする面倒な女だ。
本人は私の事を友人だと思っているのかもしれないが、私がそう思った事は1度もなかった。
そして、芽衣の声を合図のようにして次々と私に絡んでくる女子達。
蚊帳の外から私を見つめる男子達は笑顔で目を合わせるだけでサッと目を逸らす。
なんて生きやすい世界なんだろう。
私はこの快感に酔いしれていた。
それでも私は誰とも深くは関わらない。
私が信じられるのは顔も名前も知らない、どこかでハートとコメントを送ってくれるSNSのフォロワーだけだ。


昼休み、一緒に昼食をとろうと私の席に群がるようにして女子達が集まった。
廊下と教室を隔てる窓からは、他クラスの男子が遊びの約束を取り付けようと何人もが顔を覗かせている。
見慣れたいつもの光景だ。
しかし、この日は少しだけ教室の様子が違った。


「泉、お前絵描くのめっちゃ上手いな!」
声の方に目をやると、いつも教室の隅で1人きりでいる地味代表の泉に対し、学年でも人気の男子、橘颯太が感嘆の声を上げていた。
「これほぼ写真じゃん! 泉ってそんな特技あったんだな!」
「え、うん、特技って程でもないけど、絵は好きな方かな」
人気者に声をかけられて戸惑いながらも嬉しそうな表情を見せる泉。
「いや、これは本当にすげぇよ。SNSに投稿したらいいのに」
「一応アカウントは持ってるよ」
「え、そうなの! 見せて見せて!」
「はい」
「すげぇ! フォロワー13万人もいるじゃん! て言うかこのアカウント俺も知ってるわ。すごい有名人だな!」
橘の声に、なになにと泉の方へ人が流れてゆく。
私の周りにいた生徒も、大半が泉の方へ流れた。
そして、芽衣さえも。

「これ見てみろよ!」
「おぉ、すげぇ」
「本物みたーい!」
「泉って有名人だったんだな!」
スクールカースト最底辺だった泉が、今クラス中の視線を集めている。
多くの生徒に取り囲まれ照れている様子の泉を見て、私は腹わたが煮えくりかえる思いだった。
クラスメイトが泉に注目しているからというのもあるが、何より地味代表であるべき泉のSNSには私を遥かに凌ぐ13万人ものフォロワーがいる事が許せなかった。

憎い憎い憎い憎い。
私以上にハートを、愛を受けている川島が憎い。
今の私はどんな顔をしているのだろう。
インフルエンサーとしての余裕を取り繕えているだろうか。
いや、恐らく敵意剥き出しの醜い表情をしているのだろう。
私は頭の中で何かドロドロとしたしたものがグツグツ沸騰していくのを感じていた。
そして、泉の一言で私は理性を失った。


「別に大した事ないよ〜」


それは謙遜なのか、私を馬鹿にしているのか、どっちだ?
その両方か?
いや、もはやどっちでもよかった。
泉の言葉は私のプライドと尊厳と存在を踏み躙った。
私にとって、これだけは間違いなかった。


「か、香織? どうしたのそんな物持って」
1人の女子が何か喋りかけてきたようだが、私の耳には届いていなかった。
私はツカツカと泉に近づいた。
その私を見て橘が言った。
「おぉ、香織もこれ見てみな! 泉の書いた絵、本当上手いよな! おい香織? 香織!」

グチャ

「キャー! 痛い、痛いいいい!」
「おい! 何やってんだ香織!」
「誰か救急車呼べ!」
「先生! 先生来て!」
慌てふためくクラスメイト達。
その中で血で赤く染まったハサミを持った私。
純白だったカッターシャツには返り血で赤い点がいくつも付いている。
目の前にはドロリとどす黒い血を流しながら右目を押さえて泣き叫ぶ泉。
「全部泉が悪いんだよ?」
私はしゃがみ、床でうずくまる泉に微笑んで言った。
しかし、泉が描いた絵を見て私は血の気が引いた。
「これって」
「香織ちゃん、だよ。いつも、皆んなの人気者の香織ちゃんが、輝いてたから、羨ましく、て。私も、香織ちゃんみたい、に、なりたいなって、思ってたの。」
痛みに耐えながら、カタコトのように喋る泉。

私は悪くない。
悪いのは全部泉。
だって私よりフォロワーが多いから。
私よりハートをもらうから。
私より愛をもらうから。
私より愛されるから。
私は家族から愛を注がれない。
だから私にはSNSで1番愛される権利があるはずだった。
でも目の前に私より愛をもらっている人がいた。
そんなのダメに決まってる。
だって私が1番不幸なんだから。
私以外が愛されてはだめ。
そう思っていた。


だけど、違った。
私よりフォロワーが多くても私を羨む人がいた。
フォロワーが全てではなかった。
愛ってなんだろう。
愛ってどうすれば満たされるのだろう。
愛ってどうすれば貰えるのだろう。
私は本当の愛を知らなかった。


翌日、どこかの家でニュースが流れている。
「昨日正午、福岡県久留米市の高校で、2年生の女子生徒が同級生の目をハサミで刺したとして、駆けつけた警察官によって現行犯逮捕されました。容疑者の女子生徒は『ただ愛が欲しかった』などと供述しており…」


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