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詩とおもう(スケッチ)

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情景やら心象やらを集めました。
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2019年2月の記事一覧

警笛(2019.1.1)

氷山が浮いている彼方から 警笛が聞こえる 心臓のリズムで鳴り続ける 氷山が浮いている彼方から わたしに届く 意味を見出すことは容易い 氷山は冷たいかこの手には 確かめる術がない 耳の言いなりに聞き続ける 氷山はどこだ 彼方ってどこだ 世田谷線の踏切だ 警笛のキーは悲鳴だ 乾いた警笛が わたしを割った 柔らかい氷山を抱いて 流れ込む潮は 冷たいか

雪(2019.2.13)

アスファルトを 爪で剥ぐように 記憶を掘り起こす 今は蓋の方が まことしやかに 上目遣いで こちらを見ている 骨は眠ってなどいない 眠るのは血と肉だ 骨は語らない語れない 爪ほども 雪降る深海の海底から その底から熱く沸き立つ ゆらゆらとかげろう やがて蒸発してしまうまで 血と肉は あとかたなく 眠らなかった骨は 黙していた骨は さいごまで折り重なる

曙光(2019.2.21)

あれは 光だ と 目が言う 光あれ と 肌が言う こぼれている 熱いに違いない と 舌が言う 震えている 冷たいのだろう と 耳が言う 光と引き換えに 夜を差し出した 立ったまま眠る馬の足元に その手は握られている 光る石だ と 指は言った

飛ぶ(2017.10.9)

何も考えず または うわの空で考え事をしながら ただ足を前に出す それで歩いているつもりになっている私の 頭を掠めて行ったのは 鳥 耳に響いた羽ばたきは 重力を引きちぎろうとする鳥の意志 ひたと行くあてを見定めて みずからを運び続ける骨と筋肉 私に翼があったところで うわの空で羽ばたいたところで 飛ぶとは程遠いところで 闇雲に空を切るに違いないのだ 羽ばたきで 夕日を切って行く鳥を しばしばと瞬いて見送ってから かかと 爪先 土踏まず 太もも くるぶし 膝小僧 右 左 

しるし(2019.1.30)

わたしの乳房に影さす 欅の枝のかたち 桜なら五分咲き 旧いプラネタリウムの星 きらきら光る石灰化 片方の乳房に残る 小さなクリップ 近づけない柵越しの桜 光だけが届き続ける星 今は無いがんのしるし 油性のマーカーで 描かれた線は 許可されたその日に 石鹸で消した 放射線を浴びた肌 刃を入れるために 開いた傷は 火星の土の色 片方の乳房に合わせた 下着の隙間から わたしにも聞こえない わたしの声がする

曇天(2019.2.7)

切りそろえた爪を 明るい灰いろに ならべて 差しのばす 鳩の兆す矢じるし それは なん羽めの鳩だったか それは 昼とも夜ともつかぬ いつとも知れぬ けれど 果てはわたしの中にある 伸びては切る 矢じるしが 足のない鳥となる いつとも知れぬ けれど 鳩はあなたの胸へと帰る

遠近法(2018.11.7)

遠近法の先 Vの字に切り込む空が わたしに向かって来る 迎え撃つ術を いつの間にか 身につけた振りをして 何食わぬ顔をして 波打つ胸にも 知らぬ振りをして 地上五十センチメートルだった頃 わたしに遠近法はなかった けれど わたしは知っていた 手の届くひとと そうでないひととの違いを Vの字の先は 消失点へと引きずられていく その先で待っている わたしの 遠近法

遺跡(2019.2.6)

新宿タカシマヤタイムズスクエア が建つ前の土地 そこに バイト先はあった 遺跡発掘現場 ブルーシートとプレハブ ベルトコンベアと猫山 みずいとじょれんえんぴかくすこ 初耳の道具たち シャツに塩吹く夏 冬は爪先に唐辛子 陶器磁器漆器土器石器 ときどき人骨 生涯の伴侶を見つけた人もいた 夢の途上 旅の資金稼ぎ 人生の時間稼ぎ むき出しの関東ローム層が ひび割れる頃 コンパネの敷居を 出ていった人残った人 新宿タカシマヤタイムズスクエアは バイト先の跡地

回送(2018.8)

回送電車が 風を切り裂いて 運ぶ空気 どちらをはかれば 正解なのか 知りたいのは 数字ではない この身体のどこかにあるらしい 物心ついた頃から 一人称で呼んでいるもの 内と外のどこをはかっても いつまでも続く 背中合わせ 階段を駆け下り駆け上る たどり着いた 反対方向のホームで 見たことのない 特急を待ってみる 背中ではかり合う 右手と左手 どこまでも続く 壊れたファスナー 回送電車と 風の 体積

夜道(2017.11.9)

近眼で老眼で鳥目 目をつぶってたって同じ夜道 夢でもうつつでもいいや 惰性でほどけていく輪郭 きっと誰からも見えなくなっているに違いない それで歌なんか歌ったりする人も わたしを自転車で横切る 疲れ目でかすみ目で涙目 むやみやたらに滲む夜道 ウソでもマコトでもいいや とにかく辿り着くまで歩く たぶん誰一人そこがどこなのかわからない だから湿った道端に耳をつけて 夜道がたてる音を訊く 夜目遠目笠の内 見えないからこそ上がる値打ち 傘がないフードを被る 酸性雨だって今さら聞か

踏切に(2019.2.19)

遮断機がおりた あなたは どこにでもいる 遮断機のむこう あなたは いつもいる 遮断機はあがる あなたは よこぎる わたしが知るかぎりの あなたが 遮断機がおりる わたしをおしのけ わたしを破いて 遮断機のこちら 昼となく 夜となく 遮断機があがる あなたは そこにいつづける

手(2019.1.30)

握りしめていたのは ホコリだったり つるつるの小石だったり 誰かの手だったりした 触っていると冷たくなる その向こうに 世界があると信じられている 小さな窓 それが本当なら 企まれた広さと 向き合うその姿が はかなく見えるのは 正しいか 一心に覗きこむ 丸い背中は知らない 世界に触れている 手の冷たさを 雪降る夜に 足元から聞こえた声 マッチはいりませんか

炎(2018.12.5)

明滅する 手のひらの 熱をもたない 光 マッチを擦っては その炎が消えるまで 揺れる光の中を 見つめていた あの女の子と そう遠くない 私たちは 大切におし頂いた その光を いつまでも 消せずにいるだけ 望み通りの 庭を 焦がれて止まない 炎が 手のひらの中で 冷たく あたため続ける