30歳。 私にとっては、ワクワクする年齢。 これまでの20代は、「若い」からって、偏見や先入観を持たれがちだったけれど、無事にそこから脱却。そう、ただの若いというフィルターがはずれて、人間性に焦点が当たる世代になったなぁと。 昔から、人の内面に着目してきては、おばさん臭いと言われ続けていた人間だが、ようやくそんな自分が、イキイキする年代になってきたのかなと、どちからかというと、”30代”に対しては、ポジティブに捉えている。 そう、私は年齢を重ねる事は、単なる『老い』では無
今日、私はとっても大切なものを失くした。 それは一冊の『ノート』。 たかがノート、されどノート。 そのノートはこれまで読んできた本の要約だったり、ときめいた言葉を書き留めたものだった。 心に残しておきたい、忘れたくない言葉、考え方がぎっしり詰め込まれた、私の宝物。記入する時は絶対にお気に入りの決まったペンを使うことがマイルールだった。 そのノートを見るだけでも、とっても心が躍ったし、使う時は、決まってひとりきりで、自由で、なんの制限もなく、誰の目を気にすることなく、
今さっき、道を歩きながら、とてもとても美しいものを見て、思いがけず涙してしまった。幸いなことに、外はとても暑くて、汗で涙をごまかしながら、目的地のカフェまで歩いてきた。そして今、席に着き、たかぶる胸と、目頭の熱さを感じながらパソコンを開いて、これを書いている。いま抱いている感情を、ずっと残していたい。 私が見たもの。 それは小学校の校門の前に立つ、ひとりの母親らしき女性の表情。 彼女を見ると同時に、校門の方からは子供たちのとっても明るい「さよーならー!」が聞こえてきた。私
→行動のはじまりの理由が「すき」だけだと、すきになるための思考や選択が必要となり、行動を起こすまでに時間がかかってしまう。しかも、すきかどうかなんて、やってみて初めて分かるものだと思うから。 →行動できない大きな要因のひとつが「失敗」を恐れてしまうこと。もうね、失敗はつきもので、むしろ失敗は新しい経験や知識を手に入れたと思って、まずは一歩踏み出してみる。失敗していないという事は、成長していないという事。にしても「失敗」って字面がすきじゃない。 →行動方法や攻略方法を調べる
仕事について少し。 どうしても今の感覚を覚えておきたかったから、ここに記録しておこう。 私の仕事、一言で言えば「人の成長」と「ことば」に関する事、そして自分のルーツ「中国」に関する事もすこし。 誰かの成長を支援するために、コーチングを提供していたり、企業向けの研修内容を考えたり、子供の言語習得の成長を支援するために、英語を教えていたり。 コーチングで培った「傾聴力」と、全く飽きない「言葉を紡ぐこと」を活かして、スピーチ内容を考えるスピーチライターもしたり、 はたまた、
国籍、性別、年齢、地位、肩書き、出身地、家族構成、学歴、職歴、 どれも全部目に見える概念で、日常の中に当たり前にあるものばかり。生まれた時から、常に何かしらのラベルを付けられながら、評価されながら育ってきた私たち。 もし私たち人間からこれらを取っ払ったら、どんな会話が生まれるんだろう?どんな風に仲良くなっていくんだろう?どんなしあわせを感じられるんだろう? 一度行ってみたいな、そんな世界。 どこ出身?何歳?親の職業は?兄弟構成は?最終学歴は?仕事は?年収は?結婚は?子
先日、友人と話していた時のこと。 「私たちって、デフォルトで気を遣う習慣がついているよね。」 彼女はフィリピン人。 私は中国と日本のクオーター。 2人とも日本で育った。 受けた義務教育も日本。 けれども家庭内では違う言語、文化をみながら育ってきた。 今ではこのルーツに感謝することが多いけれど、子どもの頃は全然だった。むしろ隠しておきたい事実だった。 なんであんなに嫌だったんだろう。 子供ながらに、何度も自分の生い立ちを否定していた。日本人になりたかったし、みんなにと
文章を書くこと。 昔から、私にとってはとても身近なものだった。どれぐらい身近かというと、誰かにとって、漫画を読んだり、ゲームをしたり、友達と外で遊んだりすることに値するぐらいの当たり前な事だった。 幼少期はTHE鍵っ子で、1人で留守番が当たり前だった。さらにスパルタな母は、留守番中のルールも設けていて、友達と遊ぶの禁止、テレビ禁止、漫画禁止wwwそんなルールを、これまた普通にこなしていた小学生の私。生まれてからずっとこんな環境だったからか、特に悲観することもなく、当時はす
先日、中国にいる従姉妹のお姉ちゃんと連絡をとった時のこと。 連絡をとるたびに感じることなんだけど、 いつも最近のあれこれを伝えただけで、瞬時に私の悩みに気づいて、親身に考えて、答えて、たっぷりの愛を送ってくれる。音声メッセージでのやり取りだけれども、まるで近くにいるかのような温かさで繋がってくれる、お姉ちゃん。 この前は、いつか子供を望む私に対して、おすすめの食事レシピだったり、栄養素だったり、気軽にできる日々の習慣だったりをわかりやすい画像付きで教えてくれた。 それを
「ずっと今の〇〇らしくいてね?」 「変わらないでいてね?」 私だけだろうか、この言葉に息苦しさを感じちゃうのは。 もし今よりも少し変わっちゃったのなら 私への印象は変わるのかな? 私との関係が変わるのかな? そんな不安に駆られる言葉。 きっと今の私を肯定してくれての意味だと思うし、そのことにはとっても嬉しさを感じる。 けれど、ずっと変わらないでほしいとの約束は、正直出来ない。 だって、まだ知らない自分の魅力をみつけたいし 考え方だってアップデートしていきたい。 ポ
「アラサー 人間関係 変化」 ネットで検索してみると、なんとまあ、溢れ出す情報が多いこと。同じことで悩んでいる人が多いのかなと、どこか安心感も感じてしまう自分がいる。 30代。 自分の人生に登場してくる人たちの変化がかなり大きくなってきた。古い付き合いの人もいれば、ここ数年でグンと濃厚なお付き合いに発展した人もいる。仕事がら、人との出会いが多く、新たな繋がりから、どんどん入れ替わりに様々な人と出会っていく。 ただどちらかというと人間関係は狭く深く、時間をかけて信頼を積み重
「繊細さん」 昔から、なんとなく人よりも物事を敏感に捉えがち、深く受け止めがち、考えこみがちだった私。そんな自分の一面を隠すかのように、悟られないように振る舞っていた学生時代。 誰にも頼まれていないのに、物事を敏感に感じてしまって、深く自分の心の中に受け入れてしまって、自分なりに理解しようとじっくりと咀嚼してしまう。しかも無意識で。 目に見えていることだけじゃなくって、その後ろに隠れていそうな背景をこれまた勝手に想像しちゃったり、誰かの言動が放つ言葉の真意を探してしまっ
ふと考えた、 大人になるってどういうこと? 先日、実家に帰った時のこと。久しぶりに母と些細な事で揉めてしまった。ほんとに些細な事なんだけど、母の言動に対して引っかかることがあって、ついつい口出しをしてしまった。 そのとき母の口から出た言葉。 「ごめんなさい。」 ただひたらすらに 「ごめんなさい。」 私は何も言い返せなかった。どう反応したら良いのかも分からなかった。そして母がちいさく見えた。 私の中での母の印象といえば、とにかく強くて、何事もにも一本気で、責任感も
先日、夢にまで見ていた「結婚式」を無事にあげることができた。本当に夢みたいで…大袈裟に聞こえるかも知れないけれど、一生に一度のあのイベントは、ただのイベントなんかじゃなくて、自分のこれまでの人生を肯定できたイベントだった。いろんな方々に支えられて、いまの自分がいるんだなって、幸せになれているんだなって。 そして、自分にはもったいないほどの素敵なパートナーが居て。こんな世界があっていいのかな?こんな幸せを感じていていいのかな? 今感じている幸せを誰に伝えたい? …「過去の自
嘘みたいなタイトルだけど、全て事実なのです。。10年間、音沙汰なかった親友との仲直りの話。第二弾をここに記録してきます。 第1弾はこちらから! 10年ぶりの連絡、止まらないLINE。 なんとか友達に仲介に入ってもらい、LINEができる状態へ。10年ぶりに送る彼女へのメッセージを作るのに、2時間ぐらいかかったかな。。そして完成後も、送信ボタンを押すまでに30分ほど。。改めて、自分の心配性な性格がよくわかったなあと。笑 そして、送信ボタンを押してからは、自爆したかのように
嘘みたいなタイトルだけど、30歳になった今年、10年前にケンカして絶縁状態になった親友と、やっと仲直りをすることができた。この出来事は、きっと私の人生の中でベスト5に入るぐらいの、大切な大切な事だから、記録に残すため、ここに綴っていこうと思う。 悲しみの伝え方を知らなかった、あの頃。 私が親友とケンカしたのは、今思えば本当に些細なこと。でも、感情のブレーキのかけ方を知らなかったあの頃は、怒りでしか悲しみを伝えられなかった。でも、はっきりと覚えている。誰もいないところで、ほ