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le 23 août - Paris, 1994


1994年8月23日

 目が覚めると11時半だった。やってしまった。とうとうクラスを休んでしまった。一度休むとクセになりそうなので絶対に休まないようにしようと思っていたのだが、とうとうやってしまった。やれやれ。ゼンももちろん休んだ。彼はクラスにはそんなに出席したがっている訳ではないので(友達は好きなんだけれど)、僕が欠席して彼だけが出席するということはまずないだろう。

 ゆっくりとシャワーを浴び、軽く食事をしてからふたりでレ・アールへ行った。ゼンは父親への土産にセルジオ・タッキーニのテニスウェアを買った。僕は途中の靴屋で見つけたワックスド・ヌバックの焦茶色のブーツを買った。東京にいる時からリーズナブルで質の良いブーツを探していたのだ。リーズナブルという点では、このブーツは申し分ない。約7,000円だった。モノも悪くない。作りもしっかりしているし、ワックスド・ヌバックの質感も良い。女性ものだけどサイズはぴったりだしデザインも気に入ったので気にせずに買った。

 今日は火曜日である。火曜日は「ランデ・ヴー」の定休日なので、「サン・ジャン」でビールを飲む。そして「ランデ・ヴー」ほどは美味くないフリット(でも美味い)となかなか美味いジャンボンをつまんだ。

 僕は買ってから何時間も経っていないブーツを早速履いていた。ヨシさんが、履く前にクリームを塗っておくと革が柔らかくなり、長持ちするよ、と言う。それに習って、アパルトマンに帰って食事が終わると早速、ブーツと一緒に買った(正確には「買わされた」である。スタッフのお姉さんが「これはとってもスペシャルなクリームなのよ。ね、どう?」と言うので、その勢いに押されてつい買ってしまったのだ)クリームを塗り込んだ。

 ひと仕事終えた、という感じで煙草を吸い、そして今、この日記を書いている。最近のページを読み返してみると、何だか日記がいい加減になってきた気がする。書いているときの気分にもよるのだろう。

 ナツメさんとゼンは、ハリソン・フォードの「目撃者」をTVで観ている。ヨシさんも今頃きっと観ているだろう。僕はこれからベッドの周りを片づけて、ゆっくりと本でも読むつもりでいる。


le 24 août

編集後記

ひと夏のパリ滞在も終盤に差しかかり、パリでの生活に馴染んできた嬉しさと日毎に帰国が近づいてくる寂しさとが入り混じってきた頃で、あれから30年も経った今でも、この時期の心情や見たもの聴いたこと、友人との何気ないやりとりなんかがわりとしっかり記憶に残っています。

実を言うと、自分自身の将来について急に具体的に考え始めていたのがちょうどこの頃で、そのせいで身の回りにあった細かなことを色々と覚えているのかもしれません。この夏にパリに行ったことで、後の人生にも大きな影響を与える決断をすることになったわけですが……その決断は、この夏の日記には残念ながら登場しません。

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