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未解決の真実を求めて⑤時効延長 異例の捜査継続へ 熊谷ひき逃げ事件

《連載記事です》
第1回 第2回 第3回 第4回 第6回

時効延長が、決まった。 
知らせを聞いた時、私は飛び上がった。
代里子さんの声が届いたのだー
そう感じた瞬間だった。

時効は10年延長 異例の決定

罪名の変更による時効の延長ー

「裏技」とも言える極めて異例なこの判断が今回とられた社会的影響やその是非については今は論じない。

重要なのは遺族の努力が、この異例の判断を引き寄せたという事実だ。

自ら情報を発信。ビラも配り、証拠の再鑑定も独自に実施。報道機関を動かし、法務省、国会議員への嘆願を行ってきた。遺族の血のにじむような努力(緊急入院したことだって本当にあった…)がこの判断に結びついた。彼女の必死の訴えが、多くの人の共感を呼び、当局を含む多くの人を動かしたのだ。かく言う私もその1人である。

そして彼女のその声は最終的に警察を動かすに至った。なんと凄いことかー

孝徳の命とひき換えに、私は社会を変える」

孤独な戦いの中で、彼女は言った。

「たとえ待っている先が絶望だったとしても」

ー傷つき、傷つき、そしてまた傷ついて、さらに深い深い絶望の底に突き落とされるかもしれない状況の中で、なおも戦い続ける1人の女性を、私は目の当たりにした。

その姿を思うと涙が出てくるのだ。

時効延長の彼女の訴えは以前書いた通りだ。そして時効を目前にした9月18日、時効延長の判断が下されたー
孝徳くんは天国から見てくれているだろうか。

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真実への道は、閉ざされずに済んだ。
母親の執念が、前例のない道を切り開いたことを、見てくれているだろうか。

きっと、見てくれているはずだ。
全ては孝徳くんの命に報いる為だったのだからー

「解決」に向けた道は残された

もちろん、これでこの事件は終わりではない。
犯人が逮捕され、真実が明らかにされるまでは終わらない。

だがしかしー

終わりではないが、一先ずご遺族には「お疲れ様でした」と言いたい。

死亡ひき逃げの時効撤廃、犯人逮捕・・・
これから超えるべきハードルは高く、道は険しい。
だが時効延長へ至る道も限りなく険しい道のりだった。それを乗り越えた。彼女は諦めないし、犯人の罪も許されることはない。

真実に向けた遺族の戦いは続く。 その先には、事件の解決というゴールがきっと見えてくるはずだー。そう信じたい。 

信じることが出来ると、思える日だった。

遺族の戦いは続く

【2019/09/21 追記 】

ご遺族は、今後も引き続き犯人逮捕に向けた活動と、死亡ひき逃げの時効撤廃に向けた活動を並行して進められる予定だ。

先日、国会議員で作る交通安全議員連盟でこの時間が取り上げられ、法改正に向けた動きを作るという話もなされた。

すぐに、というわけにはいかないとは思うが、本当に、彼女の動きで社会が変わるかもしれない。

戦いはまだ続く。

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時効撤廃に賛同する方々から送られた手紙

遺族取材とは 1つの意見

昨今はマスコミの遺族取材に対する風当たりは強い。確かに発生直後の瞬間風速的な取材手法は私ならずとも(私も散々やってきたが、毎回いたたまれなかった…)、多くの現場記者も疑問を抱えている。見直さなければならない点、反省する点は多々あるという指摘は。その通りであろうと思う。

しかしそれでも、遺族取材の必要性は消えないと考える。

こういった形で情報発信を必要とする遺族も存在するし、それによって社会が動く事があるからだ。遺族取材は非常に難しく、デリケートな問題だ。取材手法に正解はないのかもしれない。ただ、遺族取材はジャーナリズムにとって必須の仕事の一つだという思いも、今回の件で新たにしたのだった。

(第5回 了)

第1回 第2回 第3回 第4回 

《熊谷死亡ひき逃げ死亡事件》
2009年9月30日、埼玉県熊谷市の市道で、当時小学4年生だった小関孝徳くんがひき逃げされて亡くなった事件。時効目前の9月18日、時効は延長される見通しとなった。遺族は「罪名変更による時効延長」の可能性に賭け、活動を続けていた。 

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(連絡先)
小関代里子:k.takanori0930@gmail.com
ブログ:

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