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garakutax
短歌 -暮雨巷曉臺-
明和・安永 (1764-1780)のころ、尾州名古屋の俳人、加藤曉臺の門下に椎下園事紅なる若き人あり。この事紅、その実、尾州家九代、権大納言宗睦侯の次男、左近衛権中将治興卿にてあらむ。
先日、徳川美術館にて治興の差料、黒蠟色塗鞘大小拵の展示を観る。曉臺の句、「わきさしの柄うたれ行粟穂哉」の一句うかびて、一首詠めり。
曉臺のすがた写ししか治興の黒蠟色の脇さしの鞘
明和・安永 (1764-1780)のころ、尾州名古屋の俳人、加藤曉臺の門下に椎下園事紅なる若き人あり。この事紅、その実、尾州家九代、権大納言宗睦侯の次男、左近衛権中将治興卿にてあらむ。
先日、徳川美術館にて治興の差料、黒蠟色塗鞘大小拵の展示を観る。曉臺の句、「わきさしの柄うたれ行粟穂哉」の一句うかびて、一首詠めり。
曉臺のすがた写ししか治興の黒蠟色の脇さしの鞘