犬だった君と人間だった私の物語【第19話】数年後(最終話)
小さな一軒家のキッチンから、朝ご飯の準備をする音が心地よく響いている。幼児用のおもちゃが転がるリビング。壁には、いくつもの写真が飾られており、その中には幸せそうな笑顔の家族写真がある。リビングから続く芝生の庭には、小さな子供とビーグル犬が元気にじゃれあっている姿が見える。ノンだ。
「じゃ、行ってくるね!」
「孝志、待って、忘れてる!」
大きなお腹の紀花が、玄関にいる松田にお弁当を手渡した。
「あ、サンキュ」
松田は慌ててカメラの入った重たいリュックを降ろすと、お弁当が傾かないように丁寧にしまった。松田は顔をあげると目の前にある紀花の大きなお腹を優しくさすりながら言った。
「紀花、この子の名前……『リク』なんてどうかな」
それを聞いた紀花は嬉しそうに答えた。
「いい名前だね」
松田は続けた。
「ずっといろいろ考えたんだけど、この名前がピンときたよ。松田リク、うん、すごくいい!」
その時、紀花のエプロンにつかまりながら小さな男の子がひょっこりと顔を出した。もうすぐ3歳になる駿太だ。父親が出かけるのに気が付き、中庭から駆けつけたのだ。
「パパ、がんばって」
松田がしゃがんだまま両手を大きく広げると、駿太は小さい体でぎゅっと松田に抱きついた。松田はそんな息子が可愛くてしかたないといった表情で、強く抱きしめ返した。
「ありがとう。がんばるよ」
そう言うと、頭をぽんぽんと撫でた。そして今度は、息子の隣りにいる愛犬ノンの頭を優しく撫でながら言った。
「ノン、今日も紀花と駿太をよろしくね」
成犬になったノンは、気持ちよさそうに眼を細めると、期待に応えるように元気に大きく「ワン!」
と返事をした。
庭のまだ植えたばかりの小さな桜の木は、家族の幸せを喜ぶかのようにふんわりと蕾を膨らませていた。
完
第1話 別れ
第2話 新しい姿
第3話 中庭
第4話 再会
第5話 ペットショップ
第6話 疑惑
第7話 奇跡
第8話 理由
第9話 可能性
第10話 動物病院
第11話 青年
第12話 記憶
第13話 名前
第14話 松田との暮らし
第15話 紀花
第16話 伝えたいこと
第17話 目撃
第18話 河川敷
第19話 数年後(最終話)