SaaS現役経営者の投資基準に関する現場のリアルな話(LTV/CAC>3x?)
おはようございます。
SUPER STUDIO COOの花岡です。
SaaSの健康状態を簡単に測る指標として「LTV/CAC > 3x」を満たしていると順調みたいな話が一般論としてあるのですが、イケてるSaaSプロダクトであればあるほど、経営の現場では実際のところ「んー」となることがあります。
先日、ARR二桁億を超えるSaaS企業を経営している経営者同士で非常に盛り上がった話なのですが、中々ググってもリアルな情報が出てこなかったため改めてSaaSの投資基準についての一般論の意味に加えて、実際の経営判断における現場あるあるな話を生々しくnoteにまとめてみようかと思います。
SaaS事業をこれからはじめる、経営している方々や、SaaS企業に勤めている方々の参考に少しでもなれば幸いです。
1. 意外に真意を理解していない重要な値(ARPU, Churn Rate, LTV, CAC, Payback Period) について
そもそもなぜ「 LTV / CAC > 3x」なのかについて理解する前に、まず1つ1つ出てくる単語の意味を深堀りしていきましょう。
①ARPU(Average Revenue Per User)について
ARPUは顧客あたりの平均月間売上高になります。
となります。これはシンプルですのでそのままかと思います。
アカウント単位の単価を示すARPA(Average Revenue per Account)や無料プランがあるようなSaaSですと、課金ユーザ単位の単価を示すARPPU(Average Revenue per Paid User)などがありますが、これはSaaSプロダクトの戦略やKPI設計にあわせて本質的なものを数式に使うべきです。
このnoteではARPUを前提に書いていきます。
②Churn Rate(解約率)について
Churn Rateは月次の解約率になります。ここで気をつけなければいけないのがチャーンレートには、カスタマーチャーンとレベニューチャーンの2つの算定方法があります。
<具体的な例>
例えば、前提条件の通りSaaSプロダクトの契約数が100件あり、1件の解約が発生したとなると
となり、チャーンレート1%だと考える人もいると思います。これがカスタマーチャーンレートというものであり、SaaSプロダクトにおいてARPUが完全に固定されているのであれば、この指標で問題はないです。
ただ、ほとんどのSaaSビジネスにはユーザ数や売上高など何かしらの変数を軸にしたプランや従量課金という概念が存在するため、MRRベースでみたときに顧客あたりに請求している金額はバラバラなわけです。
そうなると、大事なのはその1件の解約がMRRにどれだけのインパクトを与えるのかということです。
上記の例でいえば、解約した1件のMRRが100万円となっているので
となり、カスタマーチャーンレートの10倍まずいことが起きているという事実がわかります。
SaaSの本質的なチャーンレートとは、このレベニューチャーンレートだということを理解しておきましょう。
※上記の通り、顧客あたりの単価が固定のSaaSにおいてはカスタマーチャーンレートとレベニューチャーンレートは一致しますので、どちらでも問題ないです。
③LTV(Life time value)について
LTVとは顧客あたりの生涯価値のことであり、顧客あたりから生涯どれだけの収益が上がるかということです。
数式に置き換えると、以下のように表現することができます。
このLTVというのは、SaaSに限らず様々なビジネスで出てくるのですが、あまりハッキリと書いている記事が少ないので細かいところまで書くと、サービス継続中のビジネスにおいてLTVは実績値ではなく基本的には理論値になります。
本来のLTVの実績値というのは、最後の1顧客が解約する、もしくはサービスを終了するそのときまで確定しません。
ですので、ビジネスにおけるLTVというのは基本的に理論値のことを指します。実際、上記の数式からみてもARPUもチャーンレートというのは集計対象や集計期間、タイミングによって変動しますよね。
もちろん、あえて期間を区切ることで実績値をつくり、それを指標に何かを検討することもあります。
ただ、LTVというのは基本的に理論値であることを頭に入れておきましょう。
経営において事実ではない計画(理論値)をポジティブにひくことはビジネスを破綻させる第一歩なので、個人的にはネガティブに考えたほうが良いと思います。
④ CAC(Customer Acquisition Cost)について
CACは顧客獲得あたりに必要となるマーケティング・営業コストのことです。
数式自体はとてもシンプルなのですが、何をコストに含むかというところが重要です。
ビジネスによって異なるため一概には言えませんが、SaaSであればマーケティングにかけた広告宣伝費等のコストはもちろん、新規顧客の獲得にかかった人件費なども、ここでは全てコストとして考えることが多いです。
⑤ Payback Periodについて
Payback Period(以下、数式ではCAC回収期間)とは、新規契約を獲得するのにかけた投資コストが、何ヶ月で回収できるのかという指標です。数式にすると以下のようになります。
これもSaaSにおいて非常に重要な指標の1つですし、後に解説する「LTV/CAC > 3x」の理由とも深く関係しています。
2. なぜ LTV / CAC > 3xなのか
いよいよ「LTV / CAC > 3x」について分解していければと思います。
ここからは数学的な話になるので、先に結論から言うと
「LTV/CAC > 3x」というのは、投資回収期間とチャーンレートのバランス(※)が取れていることを証明することができ、ユニットエコノミクス観点と投資回収期間観点から好ましい状況にあることがひと目でわかるため重要視されます。
※バランスの指標としてだいたい投資回収期間は12ヶ月、チャーンレートは2.8%(平均継続期間36ヶ月)でだいたいLTV/CACが3になる計算です。
まずはLTVの数式を確認し、CACの数式についてはCAC回収期間の数式を変換しておきます。
これをLTV/CACに代入すると
となり、分母分子でARPUが相殺されるので
となります。みやすく数学っぽく表現すると
そして、「1 / Churn Rate」は平均継続期間とも言えます(数学的証明)ので、これを上記の式に代入すると
となります。
つまり、「LTV / CAC > 3x」というのは
と表現することができます。
事業規模のフェーズにもよるので一概には言えませんが、一般的にCAC回収期間は12ヶ月以下が好ましいと言われていますので、CAC回収期間を12に固定すると平均継続期間が36ヶ月以上ということになります。
平均継続期間36ヶ月というのは上記の数式より「1 / Churn Rate = 36」なので、Churn Rateは2.8%以下であるということになります。
つまり「LTV/CAC > 3x」が成立するということは「CAC回収期間が12ヶ月」と「Churn Rateが2.8%以下」ということを意味し、SaaSとして優秀であることが一定担保されるというわけです。
プログラムで複雑な計算やアルゴリズムを書くときも感じましたが、数学って勉強しておくものですね。笑
3. 一般論だけでは判断できないSaaSの経営現場のリアル課題
ここまではSaaSの一般論をおまじないで終わらせるのではなく、その意味を理解するために解説してきましたが、これが理解できていてもSaaSの経営現場ではさまざまなリアルな課題に直面し、その都度、判断していかなければなりません。
ここからは、そんなSaaS経営の現場あるあるとその対処法について公開していければと思います。
現場あるある①:ARPUに粗利率(Gross margin)を考慮しろと書いてない問題
Payback Period(CAC回収期間)やLTVの算出に粗利率(Gross margin)をかけないといけないということはよく考えれば当たり前なことですし、IR資料などオフィシャルな情報をよく読めば書いてあることなのですが、僕が軽くググった限りSaaS系のブログ記事的なところであまり書かれているのを見たことがないため、このnoteでは書こうかと思います。
※当たり前すぎるだろって人はスルーしてください。
SaaSはLTVとCACを見ることでユニットエコノミクスを確認するわけですが、これは1顧客から得られる利益(LTV)に対して、1顧客獲得にかけるコスト(CAC)があっているかを見るということです。
LTV > CAC であれば、ユニットエコノミクスは一応成立しているよねってことです。このビジネスはいつか利益はでるよねっていうことです。
ただ、そうしたときにLTVは売上ではなく粗利である必要があるということです。
100円の売上をたてるのに、100円の広告費をかけていたら、原価分が赤字になりますよね。
この理屈は投資回収期間の計算で用いるPayback Period(CAC回収期間)にも当然、適用されます。
ARPU100円のサブスクリプション売上をたてるのに、1000円の広告費をかける状態で、回収期間を10ヶ月とすると、10ヶ月分の原価が回収できていないことになりますよね。ARPUには粗利率をかけなければなりません。
これらは当たり前のことすぎてあまり他の記事では明言されていませんが、意外にこの当たり前を理解していない経営者や責任者の方々が多い気がしています。(ググってもあまり書かれていないため。)
現場あるある②:チャーンレート低すぎてLTVが高く算出されるため「LTV/CAC」が参考にならない問題
冒頭にも述べた通り、僕が知っている限りのイケてるSaaSプロダクトは素晴らしいことではあるのですが月次のカスタマーチャーンレートが非常に低い水準で出てしまいます。
その結果、LTVの理論値が高い数値が出てしまうことによって「LTV/CAC > 3x」のみの指標で見ると、許容CACがとんでもない結果となり、参考にならないという事象がおきます。
例えば、上記のような場合LTVは
となってしまうため、投資としてかけて良いCACはというと
新規契約を1件獲得するのに466万まで広告投資して良いよという指標になるわけですが、これのPayback Period(CAC回収期間)はというと・・・
CACが466万かかるということは、つまり投資してから66.5ヶ月後にやっと回収できるということになるわけです。
どれだけの赤字を掘るのがゾッとしますし、この記事の冒頭にも書いたとおり、何度も言っている通りLTVは基本的に理論値であり、60ヶ月も世の中の状況が変わらないなんてありえないとも思うので、これで回収できると見込んで投資の意思決定をするのはかなり危険な行為だと個人的には思います。
そのため、実際のSaaS企業の現場では許容CACを考える上では「LTV/CAC > 3x」という指標は見ながらもチャーンレートが低すぎると参考にならないため、Payback Period(CAC回収期間)も考慮しています。
具体的には実際のチャーンレートから算出されるLTVは参考にしつつも、チャーンレートが低すぎる場合、平均継続期間を36ヶ月、60ヶ月、100ヶ月などキャップをかけシミュレーションをします。
例えば、「今のチャーンレート水準から言えば、ネガティブにみても60ヶ月継続するだろう」ということであれば、平均継続期間を60ヶ月でLTVを算出し、「LTV/CAC > 3x」が成立しているかをみたりします。
また、単純にいくら資金調達をするかにもよりますので、Payback Period(CAC回収期間)の理想が12ヶ月となっているところを、24ヶ月、36ヶ月などでみてもCACがあっているかなんて指標でダブルチェックしたりもします。
こういった数字を元に、ビジネスモデルやマーケットの状況や事業戦略などさまざまな観点で経営判断を行っています。
現場あるある③:大型広告はだいたいLTV/CACが3を下回る
マーケティングの一般論として認知に投資することで獲得効率が上がり、結果的にCPAが改善するという理想的な話があります。実際に僕たちもD2Cをやっているので、これらがBtoCの世界では確かに実在することを身をもって知っています。
ただ、BtoBの世界でこういったことが実現している例をあまり聞いたことがありません。
弊社が運営する法人向けECプラットフォーム「ecforce」も以下の記事にまとめているようにタクシー広告を配信した結果、獲得は伸びていますが、CACは当然悪化しています。(マーケティングをしていなかった時期との比較なので、悪化するに決まっているのですが・・・。笑)
少なくとも僕が今まで出会った全てのSaaS経営者、マーケティング責任者が口を揃えて言うのは「大型マーケティングを実行すると単月でCPAがあうことはほぼない」と言います。
つまり、CACが急激に悪化することでLTV/CACが3を下回ることは単月では容易にあります。
それでも継続的な大型投資を行うSaaS企業が多いとおもうのですが、その理由はどちらかというと「必要な成長率を実現するために実施するしかない」という考えの方が正しい気がしています。
また、効率性より何より第一想起を取ることだったり、TAMには限りがあるためマーケットシェアを取りきることを優先するといった判断が実際はされることが多いという印象です。
4. まとめ
今回はSaaSの投資基準に関する話でしたが、まとめると。
という感じの内容でした。
会社を経営するということは、本当に無数とも思えるたくさんの指標を見て、それらを総合的に判断していかなければなりませんが、SaaSがビジネスモデルとして世界的に評価されている理由は、上記のような比較的シンプルな指標で経営状態を可視化し、データによって未来をある程度描けることにあると個人的には考えています。
今回、SaaS企業を経営する一人として、世の中に転がってる情報をそのまま鵜呑みにすると非常にまずい意思決定につながる企業もあるのではないかと思い、noteを書かせていただきました。
SaaSに関わる方の参考になれば少しでもなれば幸いです。
▼コーポレートサイト
▼法人向けECプラットフォーム「ecforce」
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