おやきは遠くにありて思うもの
長野のおやきは、郷土料理の中でも特に好き。
自分は神奈川で育った人間なので、長野の食文化であるおやきというのは、普段は食べない、旅行に行った時だけ食べれる or お土産として買ってこれる食べもの、という位置づけになっている。
逆に長野に行ったときは、他の料理はさておいてもおやきだけは探して食べたい、と思うくらいにはおやきが好き。蕎麦とか栗ようかんとかワサビとか、長野は野菜の名産品に事欠かないし美味しい料理もたくさんあるのだけれど、やっぱりおやきだけは別扱いしてしまう。
そんなおやきも今でこそ大好きなのだけれど、一番最初に食べたときのエピソードは、自分でも一生忘れ無さそうだと思うくらいには強烈だった。
あれは10歳くらいのとき。朝起きて台所に向かうと、テーブルの上には何やら饅頭のようなものがあった。
「これ食べていいの?」
「いいよ、レンジで少し温めてから食べなさい」
軽くレンジで温めたそれを頬張ると、ジャキッっという野菜の感触。そして甘さなんて全くなくて、逆に塩っ辛い味わいが口の中に猛然と広がっていく。もうひたすら、えぇっ?! なにこれ?! という感想しかない。
そこで初めて、おやきという食べものがあることを知ったわけだけれど、もうこのときは怒りしかなかった。なんで饅頭の中があんこじゃなくて野菜なのか?! なんで甘いものじゃなくてしょっぱいものを詰めるのか?! もうこんな料理が存在することが信じられない、という、我ながら随分と身勝手な感想を持ったものだった。
まあ、甘いと思っていたものがしょっぱかったので、そのギャップが凄かったわけだけれども、とにかく第一印象は強烈だった。
でもその後、1, 2年くらい後だったか、二度目に親が買ってきてくれたときには普通に食べれていて、その後はむしろ野菜がたくさん入っていていろいろなバリエーションがあるおやきという食べものが好きになっていた。野沢菜やひじきの胡桃あえが特に好きで、朝ごはんにこれがあったら嬉々として食べるようになった。
それは普段食べられない特別なものだったからでもあったし、なんとなく旅気分になれることだったり、純粋に味が好きだったり、いろいろあるのだけれど、とにかく気付いたら好きになっていた。
その後、おやきも店によって味わいが全然違うことに気づいたのは、自分で長野に旅行に行くようになってから。おやきの店は本当に多くて、どこもかなり個性が出ていた。口に合うものからそうでもないものまで、本当に様々。
中でも、これは美味しいと思ったのが、さかた菓子舗といろは堂。特にさかた菓子舗。数年前に移転してしまったみたいなのだけれど、移転前は乗鞍に向かう途中の道にあった。自転車で乗鞍にヒルクライムする機会が何度かあって、その帰りに寄ったさかた菓子舗のおやき。他と比べてもみっちり詰まった具材が芯の強い味わいで、特にひじきが美味しかった。
実は昔から親が買ってきていたのはここのおやきがほとんどだったようで、なるほど確かに、これだけ美味しいのだから買って帰ってきたのだな、という納得の味わいだった。
いろは堂は、鬼無里に行ったときに立ち寄って、お土産として買って帰ろうとしたらその場でサービスとして半切れほど頂けた。焼きたてのおやきの美味しさ、昔の雰囲気が漂う囲炉裏と座布団、そば茶の素朴な味わい、どれも心に沁みた。それからなんとなく、いろは堂のおやきは自分の中でも特別。
2年ほど前には松本近辺でおやき食べ歩き@ロードバイクなんかも(個人的に)やったりして。それくらいは好きなのだけれど、長野は広い。まだまだ食べれていないおやきがたくさんある。
自分でも作ってみればいいのかもしれないけれど、残念ながら粉ものは作らないという方針なので。(単に面倒だと思ってしまっているだけ)
やっぱり自分の中では、長野で食べる、長野に行ってお土産として持って帰る、そういう位置づけで良いような気もしている。
あー、またおやき食べに長野に行きたくなってきた。