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牧之原の生産者がどこよりも美味しいお茶を作り続けるために

 こんにちは~。トゲルでーす。
 お茶を育種する水野さんの記事の記事のその2です。2~3日後に投稿しよう思っていましたが、今日投稿したその1は考えていた以上に読んでくれた方が多く、後の記事を楽しみにしているとのコメントもいただいたので、昨日に続いて投稿することにしました。
 今回のその2は、いよいよ「やぶきた」の後継品種を作ろうと育種を開始したところから話が始まります。長い記事ではありますが、ぜひ最後までお読みくださいますよう、お願いいたします。

その2

4月に適採でき、甘味成分の高い5品種を育成


話し手  水野昭南さん

 

❒「さやまかおり」の育成者の渕之上先生と話して交配品種を決める

 そろそろ育種の話をしましょうかね。金谷町役場にいたときに町営で作った「やぶきた」の苗木を農家に渡すときに、「1年生の苗なら1年目から根が出るけど、これは大苗育苗で作った3年生の苗なんで既に出た根を切っちゃってるから、30年~40年程度しか持たないんで、それまでに自分が新しい品種を作っておくよ」って言ったからね。それで、茶の育種を始めなきゃと思ったんですよ。

 金谷町役場に勤務中のときにも、試験場から持ってきた品種も植えて良いものがないか見ていたんだけどね。試験場も品種登録制度で開発した品種を守ろうとするようになって、自由に品種を外に出せなくなったちゃったでしょ。その前は、交配して品種になる前の未完成のものだってもらえたんですけどね。

 育種を始めようとする前に、「さやまかおり」を育成した渕之上先生(故人、元埼玉県の試験場)と新品種の育成の話をしたんです。渕之上先生のことは、県の普及員だった加納さんという人が教えてくれたんです。「さやまかおり」という品種が発表されたので、埼玉県の関係者を知っているかって聞いたら、渕之上先生を紹介してくれたんです。「やぶきた」より早いのが魅力だったから、埼玉に会いに行って「さやまかおり」を欲しいって頼んだりしてから付き合いが始まったんですよ。

 その先生と、どの品種を交配しようかとの話をしていたときに、水見色(静岡市葵区)の山森さんが育成した「摩利支」という品種は、一番茶も二番茶も同じ成分だって先生が言うのでびっくりしたんです。しかも、「摩利支」は4月中旬にできる早い品種だって聞きましたからね。二番茶は、通常一番茶より2~3割どころじゃなくて、5割位成分量は下がるんですよ。やっている肥料が違うのと、栽培していた水見色が窪地だから日照時間が違うこと等に左右されているのかもしれませんね。

 そんな話の際に、渕之上先生が「俺はお前にずいぶん世話になったから、自分はもう歳だし、お前のために交配するからかけ合わせたい品種を言えよ」と言うので、「それじゃ先生、先生の名を忘れないように、『さやまかおり』と『摩利支』を交配してもらえませんか」と、ぼくが頼んだんですよ。

 先生の作った「さやまかおり」は、葉が硬くて揉み方が難しい品種なので、ぼくも先生に会った時に揉み方などをいろいろ教えてあげたんです。ぼくの親父も先生に「あんなにおいしいお茶は飲んだことがない」って言ったことがあってね。親父は、県内でも茶の生産では知られていましたので、先生は喜んでくれたんですよ。 

 ❒育成者から「摩利支」の花をもらい、渕之上先生が「さやまかおり」と交配

 掛け合わせる品種を「摩利支」にするとなったので、渕之上先生は試験場の車に載せてもらって水見色の山森宅に行き、「摩利支」をわけて欲しいって頼んでくれたんですよ。

 ところが「摩利支は一切渡せない」って、断られちゃったんです。先生から「断られたけど、どうしようか」って電話があったんでね。ぼくは、「苗をもらえないんなら、花をもらってきましょうよ」って言ったんで、先生はタクシーを飛ばしてもう一度水見色まで行ってくれたんですよ。

 「摩利支」の花をもらうことができて金谷に戻ってきた先生は、金谷駅前の愛用の古い旅館から「水野、もらってきた花の整理に来てくれ」って電話をくれたので、二人で全ての花を分けたんです。

 先生は、試験場を退官した後に生まれ故郷の鹿児島に自分の農場を持ったんです。先生は「摩利支」の花粉だけを持って行って、その鹿児島の農場で「さやまかおり」の5年生のものと交配して、できた実をぼくのところに送ってくれたんですよ。先生は、1年目、2年目と山森さんに電話して花を送ってもらって、その花粉を1994年(平成5年)の秋から1年目、2年目、3年目と3年間、5年生、10年生等の年生の異なる「さやまかおり」と交配して、その全てをぼくに送ってくれたんです。 

❒交配して発生した多数の個体から早く、芽のつや、緑の色合い等を見て選抜を行う

 ぼくは、先生が交配して送ってくれたものを毎年蒔いて、生えてきたものにどんな特性があるかを見てきました。そうやって見てると、生えたときの様子ですぐにわかるんですよ。
 
 「さやまかおり」は葉が硬くって揉みにくかったから、もうちょっと揉みやすくて味の安定したもの、そして早いものに着目しましたね。早生で、これだけの品種はないというものを作りたかったんです。

 発芽して芽が出てきたのをずーっとチェックするんだけど、微妙な違いだからどれを選ぶかは難しいです。人の勘だもんね。掛け合わせた親品種から生えてきたたくさんの子供の緑の色合い、明るさ、芽のつや、葉の色等を始めはしっかり見てね。1か所でなく、全部を違う通りに植えてね。毎年3分の1とか4分の1の良くないと思ったものは減らしていきましたよ。
 普段作っているものが脳裏にあるから、自分の勘で見て比較しながら、これなら大丈夫というのを選んで残したんですよ。自信を持って大丈夫と思えるものをね。
 渕之上先生も東京から時々見に来られましたよ。  

❒25年かけて5品種を育成

 「やぶきた」を作った杉山先生は、「育種学っていうのは、本当はできないんだよ。それは、ただその人の勘であって、それを本にしろって言われても一切作れないんだよ」って言ってるんですよ。
 渕之上さんの部下の和田さんが「どうやって品種を選ぶのか」って聞いてきたけど、「独学だし、自分の勘一つですよ。よく見て、これは得だ、これは損だっていってね。いろんな損得はあるけれど、全てを幅の広い目で見ている」と言ったら、うなずいていましたね。

 農家はそれで生活しているから、作ったものの損得には目が集中していますからね。でも育成するまでには、最初の「金谷いぶき」と「金谷ほまれ」には12年、「希望の芽」には16年、「満点の輝き」には18年、「夢の光」には25年がかかりました。親品種が同じ交配組み合わせですけど、そこから5品種を作り出すことができたのは良かったと思っています。

 この品種の育成中にもいろんなことがありましたよ。その時は、交配したものを蒔いたすぐ後で、ビニールを上にかけておいたんですね。暑い日でした。5月辺りだったと思いますが、ビニールを開けるのを忘れちゃって竹炭をしに出掛けたんですよ。そしたら、女房の母親がビニールをめくってくれたんですね。
 ビニールをかけたままだったら、茶の芽が暑さに焼けちゃって全滅して全てが水の泡になるところだったんですよ。選抜を開始する前でしたから、危なかったけれど、ホッと胸をなでおろしましたね。

 このぼくの育種に対して、2020年(令和2年)に開かれた育成者の団体「全国新品種育成者の会」の総会の場で育種功労賞をもらうことができました。 

❒各品種毎にいろいろ考えた名前を付ける

 長年かけてできた品種は、良いものになったと思っていますよ。それで品種の名を付けるのにも、いろいろ考えましたね。

 初めに作った2品種は、この地域で作れる優秀な茶ということで、「金谷いぶき」「金谷ほまれ」としました。次にできた品種は、東日本大震災から何とか復興してほしいと「希望の芽」とつけたんです。
 次の品種の名は「満点の輝き」と付けました。これは小学生の検定試験で、静岡県の結果が47都道府県の確か最下位だったと思ったな。それで、知事が「何とかせにゃいけない」と言ったことが報道されたんでね。でも、この品種は飲んでおいしいだけじゃなく、生葉をてんぷらなどにしてもうまいのでこの名にしたんですよ。

満点の輝き

 5番目にできた「夢の光」は、名前のとおり夢に見たような光輝く品種になってほしいと願って付けました。 

❒適採期が早く、香りが良い新品種

 5品種とも、茶葉の適採期が早いんですよ。1番早いのが「希望の芽」で4月上旬、2番目が「夢の光」、その次が「満点の輝き」、そして「金谷いぶき」と「金谷ほまれ」の順にそれぞれ前の品種から4~5日後に適採期を迎えますが、ほとんどの品種は5月の連休頃に葉を摘みますからね。

茶の摘採(品種:満点の輝き)

 そして、香りと味が良いですよ。茶の甘味成分の窒素がが「やぶきた」で4~4.5%なのに対し、ぼくの作った品種は7%位はあるんですから。茶葉は、適採期が早い品種の方がいと甘味や香気が強いですよ。
 白菜などの野菜でも言われていることですが、寒い時期は寒さを乗り切るために植物は糖分を蓄えますからね。ぼくの作った品種で入れたお茶は、1番茶と2番茶が同じ成分だということも伝えておきたいと思います。

 最初に作った「金谷いぶき」「金谷ほまれ」の2品種については、静岡の茶が鹿児島の早い茶なんかの押されてるんで、この地域だって早くてこんなにいいお茶があるんだと知ってもらおうと、あえて金谷の名をつけて生産者団体である地元の農協に権利を渡したんです。
 2人の若い農家がこの2品種を作ってくれていたんで、「その農家に意欲を持たせるために高く買ってやってくれ」って頼んでね。 

❒「やぶきた」は改植時期なのに、生産を辞める農家が多い

 金谷町の職員だった時に、「やぶきた」を850ha分改植する苗を作って農家に販売したでしょ。20万本の苗を作って農家に配ったんですけどね。それは、もう植え変えねばいけない時期なんですね。
 そのことを思えば、そりゃあ、ぼくは地域で茶を作る農家のためを考えて作ったんですから、自分の作った品種を植えて欲しいですよ。

 でも今は、茶の値段が安くなっちゃったんで、良い品種に植えかえるどころか茶を作るのをやめていく人が多くなってきちゃったんです。昭和50年代の頃は、1キロ1万円位のお茶が良く出ていましたよ。平均が5千円位かな。今は最高が5千円位になっちゃったですから、農家はやめちゃうんですよ。

 だからね。地域のみんなが「やぶきた」から新しい品種への改植をしてくれればさ。改植後はお茶の生産量がガタっと落ちて在庫もなくなるし、茶の価格も上がるのでかえっていいだろうと思うんですよ。 

❒消費の減少で、良いお茶を販売しない茶商

 昭和の50年代、60年代はものすごくお茶の値段が高くて、平成7年位までは良かったけれど、それからどんどん落ちていっちゃっんですよ。結婚式や葬式のお返しにお茶を送ることも減ったし、核家族化が進んでお茶を飲まない家庭が増えたり、コーヒーや紅茶の需要が増えたりしたことも大きいしね。

 茶商の多くは「お茶の消費が減っているんだから」と言って、品質の落ちる安いお茶を作って単価を下げてるから、余計にお茶の値打ちが下がってきてるんです。茶商が香りのよいお茶を農家から買ってそれなりの代金を払ってくれないと農家は茶栽培から益々逃げていってしまいますよ。

 「やぶきた」ができたときに、それまでに売っていた茶の価格が下がり、「やぶきた」の価格が高騰して困ったことが多くの茶商の頭から離れないんだろうと思いますね。 

❒生産者の気持ちを理解して動いてほしい農協

 だから、親父が組合長だった頃は、金谷に農協の茶業センタ-を作ったんですよ。お茶を農家から買って、農協がそこで農家のお茶をいろいろ仕上げたりしてね。農協は農家のための組織だから、農協が直営で製品を作って売るようにしたんだよ。

 でも、農協は生産者の気持ちを必ずしも理解せずに、商社のようになっていろんな業務に手を出すようになりましたからね。農協は生産者の団体なんですから、農家の側に立って動いてほしいですよ。 

❒行政は、地域の基幹産業の振興を重視してほしい

 お茶は、品種が在来から「やぶきた」に代わってから平成の初め頃までは景気が良く、かっての金谷町もものすごく潤っていたんですよ。

 買い物調査をやると、島田市と合併する前に金谷から大井川の対岸の島田市に行って買い物をする人は勤め人で、金谷の農家の人は行ってないんですよ。逆に、島田市から金谷に買いに来る人もほとんどいないですよ。
 金谷の商店街はだれで潤っていたかというと、皆地元の農家が金を落としていたからなんですよ。その農家の収入源のお茶をつぶしちゃったから、地元の商店街が駄目になっちゃったんです。

 1つの基幹産業が衰退すれば、町は潰れていきますよ。「お茶が基幹産業なんだから、それが衰退することは地域にとって大変なことなんだよ」と、良く農家の人に言いましたよ。

 「やぶきた」の育苗をやるときも、商工関係の人なんかはものすごく反対したんですよ。「ならば、あなた達に良い方法はあるんですか。買い物調査の実態とかを商店街の人達に発表してみたらどう思うかね」って話したら、商工会の役員は何も言えなくなっちゃったんですね。

 改植を進めるため、農家に「やぶきた」の苗を配布たときに、改植農家を支援する予算がついたのは、「農家の金の循環を良くしないと、町の商店街が潤わない」って言ったからなんですよ。

 行政に携わる人達は、何よりも地域の基幹産業を維持、発展させることに何よりも全力を注いでもらいたいですね。 

❒海外への販売、食べるお茶の消費拡大を向けて

 今の消費者は、売られているいろんな飲料を飲んでいますよ。しかし、人の体に適したものかがわかっていませんよ。

 茶は昔から飲まれていて、18種類の成分を含んでいる魅力ある飲み物なんですから、もっと評価されるべきですよ。

 ぼくの作った品種は、品質が良いと評価されてアメリカが欲しがっているとのことで、ぼくの親戚の服部さんが日本で作ってアメリカ向けに販売しようと準備を始めたので、それに期待しています。

 ぼくは、10年前から、食べるお茶も作り、「おちゃめチップス」の商標を取って売り出しました。これまでは「満点の輝き」で20a分の量を作ってきましたが、50a分の量に増やしていこうと思っています。 

食べるお茶

❒アントシアン含有率の高い紫トウモロコシを育成

 今は、野菜にしろ、果物にしろ、品種の名を表に出すようになってきましたね。品種というと、米やイチゴ等が一番わかりやすいと思うけどね。お茶だって、これからは品種で判断する時代になってくるだろうと思うんです。

 ぼくは、お茶だけでなく、突然変異した紫トウモロコシの新品種「夢の濃紫3000」も育成して品種登録を受けているんです。抗酸化作用や視覚改善作用などの機能があると言われているアンシアニン含量が多いので、今後の普及に努めようと思っています。 

❒自然を大切にして利用する姿勢を持て

 僕はやっぱり植物が好きなんですね。植物はうそを言わないし、自分が手を抜けば黙って枯れるしさ。手を尽くしたことに応えてくれるからね。最近になってだね。植物を育てて自分が育てられるってことを自分で言うようになったのはね。

 更に言いたいのは、化学は自然には勝てないということです。科学で自然を人間の都合のいいように利用できると思っているから、いろんな問題が起こってきてますよ。自然を愛して、利用する姿勢が必要ですね。 

❒急須を使わずに飲めるお茶をつくり、消費拡大をめざす

 今後ぼくがやろうと思っているのは、82歳になったし、もう品種開発はこれまでの5品種で終わりにしますけど、これからは茶の消費を再び拡大するために、急須を使わないで飲める香りの良いお茶を作ろうと研究を進めているんですよ。それをぜひやり遂げたいと思っています。
 
 
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