育成した葉がキラキラと輝くハボタン「光子」 が大反響
私がnoteで紹介している植物新品種を生み出す育種家の体験記も
6人目となりました。今回は、兵庫県加西市でハボタンなどの花を
生産・育種している大塩芳弘さんの育体験記を紹介します。
長い年月がかかり、なかなか思ったような品種が作り出せず、労
力に見合う収益を上げることが困難で育種家の高齢化が進む中、大
塩さんはサラリーマンから花農家となり、これまでにないハボタン
などの品種を育成されました。
私の聞き書き作品は、話し手である本人から聞いた内容を本人の
話し言葉で書いています。なぜそうするのかと疑問に思う人もいる
と思います。
私は、6年前に農林水産省を辞めた後、小田豊二先生の講習を受
けて、聞き書きボランティアを始めました。話し手の話し言葉で書
くことについて、小田先生は
① 聞き書き作品の主役は文章を書く書き手ではなく、あくまで
自身のことを話す話し手であること、
② できるだけ話し手の話し方で文章を書くので、本人が亡なっ
たりしたとき後に家族や友人が読むと目の前に本人が現れたよ
うに感じられること
この2つの理由から行っていると話されていました。なるほどと理
解できたので、私も本人の話し言葉で聞き書き作品を書いているの
です。
では、大塩芳弘さんの育種体験記をお読みください。
❖独立して商売したいと営業マンから花農家に転身
姫路城がそびえる兵庫県姫路市の東隣、播磨平野のほぼ中央に位置する加西市で、ハボタン、ビオラ、ペチュニア、ネメシアを生産している株式会社Hanayoshiの大塩芳弘です。
私は、フォークリフトを営業するサラリーマンでしたが、独立して商売したいと思っていました。植物が好きだったので、24歳から県の農業者大学校で2年間学びましたが、就農するには土地を探さくてはなりません。市役所、農協等に当たった結果、半年後にようやく水田を手放したいという農家が見つかり、2001年6月に農家としてスタートすることができました。
❖収益の少ないハボタン生産
先輩農家に兵庫県が産地であるハボタンの栽培を教わって生産を始めましたが、販売価格が安く、資材の購入費等を払うとほとんど金は残りませんでした。当時は独身で、実家に暮らしていたので、何とか生活はしていましたが、収入を実家に入れることは全くできませんでした。
❖葉に光沢のあるハボタンを作り、母の名「光子」と命名
そんな状態が続いていた2003年のことです。栽培中のハボタンの中に葉に光沢のある一本の個体を見つけ、翌年に一般のハボタンと交配▾しました。
葉に光沢のあるハボタン(以下「照葉ハボタン」)が数パーセント出現したので、その後交配を繰り返して優良表現個体の獲得を目指しながら数を増やし、「光子」の名を付けて売り出しました。「光子」は母の名前です。
私は2004年に前年に見つけた照葉ハボタンと一般のハボタンを交配したものの、「大したものはできないだろう」と放って置いたのですが、そこからできた種を、母が採って圃場▾に播いてくれていたのです。新品種を生み出せたのはそのおかげなので、母の名を品種名に使わせてもらったのです。
❖大量生産を始めた矢先に黒腐病で4割を廃棄
「光子」は、本格的に販売しようと大量生産した年に黒腐病▾にかかり、約4割を廃棄する損害を受けました。大量に生産してみて、寒さに強いが暑さに弱いことが分かるなど、私にとってはすべてが手探りの状態でした。
❖普通のハボタンの3~4倍の値をつけた「光子」
それでも、「光子」の反響は予想以上に大きいものでした。新規参入農家であるためか、市場関係者から気さくに声をかけられることもなかったのですが、「市場に入る前から荷下ろしするトラックの前で花屋が待っているのを初めて見た」と言われたときは、うれしさがこみ上げてきました。
初めて一人前の農家になれたというのがその時の素直な気持ちです。価格も、「光子」は一般のハボタンの3~4倍でずっと取引されています。
❖ペチュニア、ネメシアの育種にも挑戦
「光子」に助けられて育種▾に興味を持った私は、全国の育種農家を訪ね、また農場に来てくれるメーカーのブリーダー▾とも意見交換を行って、育種を学ぶことができました。
その結果、現在までハボタン2品種、ペチュニア8品種の登録▾が取れ、ハボタン1品種、ペチュニア4品種、ネメシア4品種を出願申請しています。
ペチュニアも、アンティークカラーで短日でも良く咲く品種を育成し、八重咲きはジュリエットシリーズ、一重咲きはモンローウォーク・シリーズとして販売し、人気を得ています。
❖育成品種は消費者に届くよう優良農家にも栽培を委託
私の生産した花は、全国の花市場、花の専門店に販売しています。私の育成品種は、自分で販売して消費者の反応が良かった品種については、私だけの生産とせず、水田種苗園の紹介で、私が直接会って選んだ優良な生産者にも栽培してもらって販売量を増やし、消費者に届きやすいようにしています。
❖オリジナル品種は、コロナ禍でも順調に販売
育種を武器にして差別化を図ってきたおかげで、他に代わるものがない状況にあり、コロナ禍ではありますが、幸い影響を受けずに済んでいます。
私が開発した品種に対する消費者の喜びの声を聞くことが、育種へのモチベーションにもつながっています。
❖新たな魅力で感動を与える花を生み出す夢に生きる
育種とは、植物の持つ隠れた魅力を引き出し、人に感動を与えられるものだと思います。私自身も、そのおかげで人とのつながりも増え、人生を豊かにすることができました。交配してできた種が発芽した瞬間は、私に大きな夢を見せてくれます。
今後も、今までにない剣弁▾タイプのハボタン、消費者が感動する新たな色を持つ強健なペチュニアを作り出したいと思います。
そして、これまでに育成した品種は栄養繁殖▾で殖やしてきましたが、増殖▾コストがかかるため、種子での固定化▾技術、採種▾技術に磨きをかけてコストを抑え、品質の向上を目指したいと思っています。
#サラリーマンから就農 #ハボタン #ビオラ #ペチュニア
#ネメシア #照葉ハボタン #光子 #黒腐病
#剣弁タイプのハボタン #人を感動させる育種
(大塩芳弘さんは、全国新品種育成者の会の会員で、この体験記事はノンフィクションです。)
用語(▾印)解説
▾交配: 次世代を得るため、生物の2個体間で受粉・受精(有性生殖)を行
うこと。特に繁殖や育種などのために、自家受粉や他家受粉を人為的
に行わせるときに交配と呼ぶ。
▾圃場: 農作物を育てる場所のこと。品種改良によって得られた良好な系統
を維持管理するための操作を行う場所を言う。田、畑、果樹園の言葉
では、育てる作物が限定される。
▾黒腐病(くろぐされ病):ブロッコリー、ダイコン、キャベツ等のアブラ
ナ科作物に発生し、被害が広がると品質を著しく低下させる細菌(バ
クテリア)による病気
▾育種: 生物の持つ遺伝的性質を利用して、利用価値の高い作物や家畜の
新種を人為的に作り出したり、改良したり、改良した集団を良好な状
態に維持管理すること。品種育成、品種改良。
▾ブリーダー: 育種家のこと。家畜や植物などの交配、育種などを行う
人。
▾登録: 狭義には品種登録のこと。苦労して農作物の新品種を育成した者
に、その生産、加工、販売を独占できる権利である育成者権を与え、
その権利を一定期間保護する制度。この制度は関係国がそれぞれの法
律に沿って実施しており、日本では種苗法に基づいて申請のあった品
種について、農林水産省が審査し、新品種として認められた品種を登
録している。
▾剣弁: 花被や花弁の縁が反転して花弁の先が鋭く尖った形をした表現形
態。
▾栄養繁殖: 植物の増殖手段の一つ。胚・種子を経由せずに、根・茎・葉
等の栄養器官から次の世代の植物が繁殖する無性生殖(受精や受粉を
せずに子孫を増やしていく。1つの個体が単独で新しい個体を形成す
る)。作物の種苗生産に広く利用されており、イモ類や球根などの例
がある。
▾増殖: 増えること、また増やすこと。生物学で、細胞や個体の数が増える
こと。
▾固定(化): 品種はその特性がばらつくことなく、類似する(均一)こ
とが必要であり、ばらついていることが類似してくることを固定と言
い、固定させるための作業を固定化という。
▾採種: 次に栽培するための種子(タネ)を採ること。
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