【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 4
大伴安麻呂連が大広間に入ったとき、すでに話し合いは佳境に差し掛かっており、安麻呂は見つからないように小さくなりながら、隅の席へと腰を下ろした。
安麻呂のいうご歴々が、八重女の思う鬼連中が、まさに鬼のような顔をして座っている。
上座には、安麻呂の叔父である大伴馬来田(おおとものまぐた)と吹負(ふけい)が席を占めている。
馬来田は腕を組み、馬飼(うまかい)の長兄である杜屋(もりや)の話をじっと聞いている。
吹負には、安麻呂が入ってくると、ぎっと睨みつけられてしまった。
その左右には、馬飼の息子たちで、安麻呂の兄である杜屋、国麻呂(くにまろ)、子君(こきみ)、御行(みゆき)たちが並び、さらに安麻呂の祖父にあたる咋(くい)の弟たち(安麻呂からみれば大叔父たち)の磐(いわ)、狭手彦(さてひこ)、糠手子(ぬかでこ)の息子や孫たちも集まっていた。
やれやれ大仰な……と思いながら、安麻呂は兄の御行に尋ねた。
「で、如何様に?」
「ん? うむ、今度の……」
と、話し出したところで、吹負の咳払いが飛んだ。
御行は慌てて口を噤み、安麻呂も目立たぬようにさらに小さくなった。
場が静まり返ったところで、
「続きを話せ、杜屋」
と、吹負が促した。
「はっ……、それで大海人様の舎人となっております弟の友国(ともくに)の話によりますと、今回の蒲生野での狩猟は、葛城大王(かつらぎのおおきみ:天智天皇)による大規模な軍事訓練ではないかとのことです」
「大王などとつけずに、葛城でよい! ワシらは、やつを大王と認めておらん!」
吹負の怒声が飛ぶ。
「はっ、申し訳ございません」
杜屋は素直に頭を下げた。
「よい、先を続けよ」
と、馬来田が顎で指示する。
「あい……、葛城大……」といいかけて、「葛城は、今回の狩猟を通じて、大王としての真正、近江への宮遷しの正当性、そして軍事力を見せつけることによる内外の敵に対する牽制を誇示したいのではないかと、大海人様はご覧になっているようです」
「小賢しいことを」
吹負は吐き捨てるように言う。
よっぽど葛城大王が嫌いなのだなと、安麻呂は逆に可笑しくてしょうがなかった。