【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第三章「皇女たちの憂鬱」 中編 8
女は抵抗した。
しかし、少年は女の前を開けた ―― それは、青白い肌に漆黒の影が美しい曲線を描いていた。
少年は、その美しき曲線に顔を埋めた。
―― 激しく………………
―― 激しく………………
少年が自分の行為に気付いた時、女は抵抗を止め、彼の頭を優しく抱きかかえていた。
「も、申し訳ありません!」
有間皇子は、慌てて間人皇女から降りようとした。
女は、彼の首を抱きかかえて放さない。
「謝らないで……」
「しかし……」
「もしかしたら私…………………、あなたとこうなることを望んでいたのかもしれません」
「ですが私たちは………………、親子………………なのですよ」
「親子といっても血の繋がりのない義理の関係です。それに、時に人は、人としての道を犯してでも愛しい者を求めるものです」
「それが……、私なのですか?」
「あなたは如何なのですか?」
「私は……、あなたが憎いのです。父を裏切ったあなたが憎いのです。父を愛せなかったあなたが……、でも……」
「でも?」
「でも、いまは、あなたが愛おしい。自分の心が変になるほどに、私は、あなたを欲しているのです。しかし、これを超えてしまうのは…………………罪です」
「これが罪ならば、私はその罪を悦んで受け入れましょう。あなたと一緒ならば、どのような罰も受けましょう。身を焼き尽くす炎でも、光届かぬ深き水底でも。でも、いまはただ、あなたを感じていたいのです」
「大后………………」
「大后は、止めて下さい。間人と呼んで」
「間人………………」
少年には、匂い立つ女の体は美しすぎた。
女には、雄々しい少年の体は眩しすぎた。
2人が求め合うのは必然であった。
2人は、深く互いを求めた。
彼女の右手は大きく隆起する背中を這い、左手は滑らかな首筋を撫で、そして両足は蔓の如く男の足に絡みついた。
彼の右手が、彼女の左胸を包み込む。
彼女は感じていた。
―― ああ、男の人の手って、こんなにも硬く、熱いものなのだ………………
女は、軽大王の冷たく、渇いた手しか知らなかった。
間人皇女は、彼女の左胸に伝わる彼の鼓動を聞いた。
有間皇子は、彼の右手から伝わる彼女の鼓動を聞いた。
そして、二人の鼓動は自然と重なって………………
この日、間人皇女は初めて愛を知った。
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