【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 12
ひと回りも、ふた回りも年上の、八重女からすれば祖父と言っても誤りではないぐらい年上の男性である。
今日から夫婦だといわれても、正直実感がわかない。
だが同衾する段になって、男の手が八重女の身体を弄り出した瞬間、ああ、これが夫婦になるということなのだと初めて理解し、困惑した。
栗島郎女から、夜のことは一通り教えてもらっていた。
しかし、いざその時になると、頭の中が真っ白になって、ただ男のするがままになってしまった。
女としてしなければならないことを教えられたが、まったく思いだせず、それよりもかさかさした手や指で体を撫でられたり、ぬめっとした唇や舌で頬や首筋を舐められたりすると、気分が悪くなり、いまにも吐きそうなのを必死で抑えた。
何もできずに男が終わるのをじっと耐えていると、皇子は八重女が快感に悶えるのが恥ずかしくて耐えているのだと勘違いし、嬉々として責めた。
流石に男の舌先が八重女の中にまで入り込んできたときには、卒倒しそうになった。
―― もう駄目……
誰か助けて……
そう思ったとき、八重女の脳裏に、初恋のあの人の顔が浮かんだ。
いや、あの人に似ているが、違う………………あの人の弟 ―― 弟成だ。
なぜ彼の顔が思い浮かんだのか分からない。
―― こんな時に、思い浮かぶなんて……
だが不思議だ。
彼の顔が思い浮かんだ瞬間、軽皇子の行為も少しは嫌悪感が薄れ、気が付いたときには男は果てていた。
それからというもの、軽皇子には悪いが、彼との最中には、弟成のことを思い浮かべてやり過ごした。
そうすることで、苦痛な時間が少しは和らいだ。
そうした夜を何度が過ごすうちに、皇子との最中に彼女は軽く気がいってしまった。
いつもとは感覚が違うなと思っていた。
不思議と腰が浮き上がり、甘い痺れが下腹部から幾度となく伝わってくると、最後の大きな波に呑み込まれて、気が付けば快感の彼方へと流されていた。
皇子は、自分がいかせたのだと得意げであった。
が、女は別の男を想っていったとは決して口にできなかった。
八重女は、この時は初めて理解した ―― 弟成のことが好きなのだと。