【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第二章「槻の木の下で」 前編 12
「しかし、これは、あくまで第一段階です」
「第一段階?」
「そう、私の真の目的は、大王家を廃止し、誰でも大王になれる制度を作ることです」
「誰でも、大王になれる制度?」
「そう、豪族の中からでも、民や奴婢の中からでも。もちろん、私やあなたでもです」
入鹿は、美しい目を見開いて言った。
鎌子は、その目に吸い込まれそうになった。
「……と、まあ、これは、あくまで夢ですがね。まずは、第一段階の豪族と重臣制度の解体が先決です。中臣殿、私は絶対にこれを成し遂げたい。しかし、私一人では力不足です。もし、私が大臣になり、この改革を行う時は、手を貸して頂けませんか?」
「私がですか?」
鎌子は震えた。
そんな重要なことに自分が携わるなんて。
「この国の未来を作っていけるのは、私とあなたしかいません」
入鹿の目は真剣である。
—— この国の未来。
見てみたい。
この国の行く末を。
いまのままなら、地方の祝で終わりだ。
しかし、蘇我殿と歩けば、この国の未来を作っていくことができる。
なんと大きな夢だ………………
鎌子は手を差し出した。
「是非、お願いします」
二人は、熱い握手を交わした。
「おやおや、二人で内緒話ですか?」
不意に掛けられた声に、二人は我に帰った。
「敏傍ですか、何の用です?」
「何の用はないでしょう。葛城(かつらぎ)様と打毬をしていたら、お二人の姿が見えたものですから。誘いに来たのですよ。」
蘇我敏傍(そがのとしかた)の傍には、一人の少年が立っていた。
「林臣、久しぶりだな」
少年は口を開いた。
「はい、お久しぶりです、葛城様」
少年は、鎌子の顔を見た。
「ご紹介します。こちらは、中臣御食子殿の次男、鎌子殿です。中臣殿、こちらは大王と大后のご子息、葛城様です」
「始めまして、鎌子です」
鎌子は頭を下げた。
少年は挨拶もしない。
少年は、入鹿と同じように鋭い目をしていた。しかし、そこには入鹿のような優しさは感じられない。
随分冷たい目だなと鎌子は思った。
「敏傍、葛城様のお相手も良いが、もう少し講堂に来なさい」
「いえ、私は黙って座っているより、こうして体を動かしていたほうがいいのですよ。それに、我らは物部の血を引いているのですよ。兄上が大臣として大王に使えるのなら、私は武力で大王に使えますから。兄上こそ、講堂に籠もりっきりですよ。そんなに白い顔をして。体に悪いですよ。中臣殿を御覧なさい。こんなに真黒で。こう言うのを男というのですよ」
「あ、いやこれは……」
まさか、荷方で焼けたとも言えない。
「林臣、やろう!」
葛城皇子は、毬を差し出した。
「はあ……、それでは中臣殿もどうですか?」
「えっ、は、はい……」
葛城皇子と敏傍は先を歩き出した。
「蘇我殿、私、打毬などしたことがないのですが」
鎌子は、入鹿に耳打ちをした。
「大丈夫ですよ」
入鹿は微笑んだ。
その目は、やはり優しい。
二人は、葛城皇子たちの後を追った。
槻の葉が風に揺れている。