【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 18
「次に歌うものはおらんか?」
上機嫌になった葛城大王は、次を促す。
では……と何人かが名乗り出ようとしたが、
「いや待て、ただ歌を詠んでも面白くない。俺から題目を出す、そうだな……」
お題は、「花咲き誇る春山」と「紅葉散るゆく秋山」、いづれが素晴らしいか漢詩で競えとなった。
漢詩と聞いて、手を挙げていた何人かがすぐさま手をおろした。
なかなか漢詩が得意な人はいないらしい。
必然、百済の旧臣や渡来人、渡来人と関係のある氏族たちの独断となった。
あるものが「やはり美しいのは春山だ!」と主張すると、あるもは「いや、秋山の紅葉も捨てがたい!」とすぐさま反論する。
よき詩が出たときは、「春山」「秋山」の優劣関係なしに、大王は褒める。
すると、また場がわっと盛り上がる。
が、盛り上がるのは一部の人ばかりで、漢詩が得意ではない皇族や氏族たちは、ただ酒を飲んでいるしかなくなってしまう。
これではいかんと、気を利かせた中臣鎌子が、
「大海人様は、どちらですか? 春山か? 秋山か?」
と話題を振った。
大海人皇子は、葛城大王をぎっと睨んで、
「私は、漢詩は不得意なので」
と、酒を煽った。
「あっ、左様でした……、これはご無礼いたしました」
誰もが知っている。
大海人皇子だって、相当高等な教育を受けている。
漢詩だって歌えるはずだ。
だが、それをあくまで断り、場を悪くした。
大海人皇子らしくない。
普段の彼なら、快活にのってくるものだ。
これから起こることを考えれば、周囲に悟られぬように、普段通りの姿で過ごすものだが………………いまの彼は、自分は大王に不満がありますよと言っているようなものだ。
―― 何かあったのだろうか?
大海人皇子の近くに仕える兄の大伴友国からは、何も聞いていない。
薬狩りの前までは、いつも通りのはずだったが………………
葛城大王が、大海人皇子に鋭い視線を向ける。
中臣鎌子が慌てて場を繕う。
「えっと、それではその……」
こういったときの助け舟にと選んだのは、額田姫王だ。