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不幸のピンを探せ|アラン「幸福論」(2)

おはようございます📚

関東は寒いですね!表紙の写真は、公園で見つけt立派な霜柱です。
子供たちが喜び勇んで踏み潰してしまいました(笑)

今日もアランの幸福論から、一節をご紹介します。

前回の記事で、アランの幸福論は、行動の幸福論である、とご紹介しました。


不幸から遠ざかる


 「幸福」とは、「不幸」から遠ざかることです。人はが不幸を探したがります。「私はこんなに不幸だ」、「いいや、私の方がもっと不幸。なぜなら〜」のような会話、聞いたことがあると思います。

人は「情念」にとらわれているために不幸を感じる。
「100分de名著 アラン 幸福論」合田 正人(NHK出版)

 この、「情念」については別の記事でご紹介しますが、「こだわっているもの、引っ掛かっているもの」のような意味合いです。この情念を取り除いてあげることで、不幸を無くすことができそうですね。

 次に、アランのプロポから一節をご紹介します。

幼子が泣いてどうしても泣きやまないとき、乳母はしばしば、その子の未熟な性格や好き嫌いについてまことしやかな想定をあれこれとするものだ。
親からの遺伝さえ持ち出す。すでにその子の中に父親の姿をみとめているのだ。こうした心理学的詮索は、最後にようやく乳母が、万事の本当の原因、つまりピンを見つけるまで続くだろう。
「幸福論」(アラン)

 この比喩の中で、乳母は幼子が不幸を叫んでいる本当の原因(=物理的な「ピン」が刺さっている)を探そうとせず、ありとあらゆる勝手な想像を導き出します。親からの遺伝だからしょうがない、と解釈してしまうと、不幸は取り除けませんね。

 人は、苦しい場面に遭遇すると、苦しいことにとらわれてしまい、「解釈」をあらぬところから持ってきてしまいます。

 そうではなくて、一歩下がって、物理的な因果関係、この現象が起こっている背景や周囲との関係性を冷静にみて、原因を見つけよう、とアランは言います。そして、原因を見つけたら、それを取り除くのは容易いことだ、と。

 真の原因に辿り着くために、
思い込み
・あの人は、ああいう性格だから、あんなことを言うんだ。
・私が口下手だから、あの人はそれにつけこんで攻撃してくるのだ。
を捨ててみて、
 相手が本当に何に困っているのか、不満を抱いているのか、
 または自分が引っ掛かっているのは、何にこだわっているんだろう?

 落ち着いて考えてみましょう。

どこかに「ピン」があるはずです。


ではまた!

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