「合理的な経営者」を自称する社長が、「合理的な社内評価システム」を導入した結果、顧客から「この会社のやる気のなさは何なの?『お役所仕事』って言葉があるけど、今日び役所だってもっとやる気あるわ」とまで言われるようになってしまった理由
経営者と話すと「自分は経営に精神論は持ち込まない。合理的な判断で行う」という人は案外多いです。むしろ逆に「仕事は気合い!」みたいな精神論を語る経営者には、ほとんど出会ったことがありません。
独立してから知り合った、「合理的経営の実践」を標榜している社長がいました。
数年前、その方が経営しているホームページ制作会社(便宜上A社とします)から、変わった仕事の依頼を請けました。
依頼をしてきたのは社長ではなく、制作部門の部長Bさんからでした。
依頼の内容をざっくり要約すると、「ホームページ制作の件でBさんの部下が顧客からクレームを受けていて、どうにもならなくなっている。収めてきて欲しい」というものでした。
以前の記事でも書きましたが、私はクレーム対応が得意であると自認しています。Bさんとは以前より面識がありましたので、私のその自認も知っての依頼でした。
ただ得意と言っても、これまでは自分の部下が起こしたクレーム対応をしてきただけで、自分が所属していない組織のものに対応したことはありません。当然それを仕事として請けようと考えたこともありません。
請けようかどうか迷うと同時に、Bさんに対して「情けないヤツ」と感じていました。
自分の部下が引き起こしたクレームを、上司であり事業部長でもあるあなたが、自らの手で収めようという気概や責任感もないのか?そんなことすら外注して何が責任者か?
そんな反感を持ちました。
まぁでも結局、まぁまぁのギャラが出るので引き受けたのですが笑
そして、私はA社の責任者ということにして、そのクレームを入れている顧客に会いにいきました。
カフェでそのお客さんと会うと、最初から最後まで、丁寧に話しをしてくれました。
そのお客さんの言い分は、こうです。
「単純な話で、僕はホームページを○○のように修正してください、とお願いしているだけなんだ」
「でも今の担当の子は、それを何度言ってもやってくれない」
「だから僕は、君にその技能がないなら出来る担当者に変わってくれ、もし僕が払っている額では対応が難しいというのならしっかり払うから費用を請求してくれ、と何度も伝えている」
「それなのに、要領を得ない説明を繰り返されて、話が数ヶ月全く進展していない」
「Bさんからは担当者が精神的に参ってしまっているからと言われた。まるで僕が理不尽なクレーマーと言わんばかりだ」
「A社の社員のやる気のなさは何なの?『お役所仕事』って言葉があるけど、今日び役所だってもっとやる気あるよ」
私はこの話を聞いて、さもありなんと思ったのでした……。
それ以前よりA社の社長から、「制作部門のスタッフの合理的な業績評価システムを構築した」という話を聞いていました。
まず一般的に、営業の業績の評価方法は非常に単純明快です。「期間内に上げた売り上げ」を見ればよいだけです。これは合理的で、誰もが納得せざるを得ない客観的な評価方法です。
しかしそういった明確な指標がない、内勤の制作部門のスタッフの評価は難しいものです。
ではA社の社長が考案した業績の評価方法とは、どのようなものなのでしょうか?
それは、制作業務の全ての項目に「標準時間」というものを設けるというものでした。例えば、
・メールを一件処理したら、5分
・サイトの写真を一枚差し替えたら、10分
・ページのデザインを1ページ起こしたら、240分
などというように、それぞれの作業に「標準時間」を設定したのです。制作スタッフは仕事をこなすと、該当する「標準時間」を得ることができます。
ここでのポイントは、実際に作業にかかった時間ではなく、あらかじめ設定されていた「標準時間」を得られるということです。
一日の実働時間は8時間、つまり480分となりますので、スタッフは一日に獲得した「標準時間」が480分より多いか少ないかで、その生産性を測られ評価されるというわけです。
ただ実際は、一日の業務時間の中で、トイレに行ったり、ちょっとデスク周りを整頓したり、頭を切り替えたりといった時間のロスは当然あります。それらを考慮して「標準時間30分の基礎加点(ロスする時間を最初から30分折り込むということ)」も、丁寧に設定されていました。
A社の社長曰く、
「これまで制作部門は、成果物のデザインの良し悪しという、上司の感覚的な物差しで評価されていた。これでは下のスタッフは納得がいかない。この『標準時間』システムであれば、全制作スタッフの業績を客観的な数値で定量評価できる。そもそもデザインの良し悪しなどという感覚的なものは、評価に入れてはいけないのだ」
ということでした。
なるほど、パッと聞いただけだと思わず納得してしまう部分もある話です。
そしてもう一つ興味深い規定がありました。
「デザイン自体は評価しないが、本当にそれがよいデザインであればお客さんに喜んてもらえるはずだ。だから納品後に顧客から感謝やお礼のメールをもらったら『標準時間60分付与』」というような、制作スタッフのやる気を担保するボーナス的な仕組みも用意されていたのです。
実はこの話を聞いた時期は、私の個人事業主時代で、外注先としてA社からウェブデザインの仕事を発注してもらっている時期でもありました。
そのため私は「標準時間」システムのもとで働くA社のスタッフたちと、実際に多くのやりとりを経験していたのです。
そんな私から見た彼らの仕事ぶりは、
「この人たちは、とにかく『標準時間』を効率よく得られる仕事だけをしたがる。『標準時間』の効率が低い仕事はできるだけ避けようとしているし、『標準時間』が得られないようなイレギュラーなことは一切やりたがらない」
というものでした。
まぁ、それは当然といえば当然でしょう。
やっても評価にならない、むしろやってしまうと時間を取られて評価が下がるようなこと、それを避けるのは当然です。
顧客からの面倒で手のかかる要求や、クレーム対応など、避けたいことのトップなのでしょう。
Bさんが私にクレーム対応を依頼してきた理由も、よく考えれば分かる話で、自分の時間を使いたくなかったからなのでしょう。
ただ彼らは、「仕事を面倒くさがって、やる気がない」ように映っていましたが、実際は「評価に繋がらない仕事はやりたくない」というのが正しい表現だったのだと思います。
合理的すぎて仕事をする合理性がなくなってしまった、という皮肉な話ですね。
そして現在のA社はというと、もうなくなってしまっています。
ちなみに私が代行したクレーム処理は、上手く収められましたよ笑
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