平山賢治 (株式会社入曽デザイン)
最近の記事
WEBデザイナーとしての私の独立・起業が「成功できた要因」は分かりませんが、「失敗しなかった要因」なら分かります。5つあります。
私はフリーランスのWEBデザイナーとして独立しました。 結論として、私の独立・起業は成功したと言えると思います。 しかし過去の記事を読んでいただくと分かりますが、私自身は何も希望を持つことなく、やむにやまれず独立したようなものです。 誰からもアドバイスをもらわず、事業計画など一切立てることなく独立しました(「成功者の9割が必ずやっている習慣」みたいなビジネス書も、全く読もうとは思いませんでしたよ笑)。 無計画に、成り行きのまま独立しただけです。 独立初期は本当に辛くて、「
「合理的な経営者」を自称する社長が、「合理的な社内評価システム」を導入した結果、顧客から「この会社のやる気のなさは何なの?『お役所仕事』って言葉があるけど、今日び役所だってもっとやる気あるわ」とまで言われるようになってしまった理由
経営者と話すと「自分は経営に精神論は持ち込まない。合理的な判断で行う」という人は案外多いです。むしろ逆に「仕事は気合い!」みたいな精神論を語る経営者には、ほとんど出会ったことがありません。 独立してから知り合った、「合理的経営の実践」を標榜している社長がいました。 数年前、その方が経営しているホームページ制作会社(便宜上A社とします)から、変わった仕事の依頼を請けました。 依頼をしてきたのは社長ではなく、制作部門の部長Bさんからでした。 依頼の内容をざっくり要約すると、「
漫画家の夢を諦めたことで胸の中にぽっかり空いた穴を埋めるのに4年くらいかかったけど、何でそれを埋めたか(もしくは忘れたか)
一番最初の記事で書きましたが、私は21、2歳で漫画家を目指して36歳までその夢を追いかけていました。 残ったのは、夢を諦めた40歳を目前にひかえた中年男性。 その時生じた正直な感想は、「ごまかせなくなった」というものです。 30を過ぎると、大体自分の人生がどの程度のものか見えてきてしまいます。ほとんどの人の現状は、自分が10代の頃に夢見て想像していた将来の自分像よりも、ずっと普通であると思います。 そう感じながらも、自分の中で折り合いをつけ、地に足をつけながら現実世界で生き
漫画家の夢を諦めたことで、自分はコンテンツを作るタイプの人間じゃなかったと骨身に沁みたのに、またコンテンツ作りをやろうとしている件
2022年も終わります。 私は毎年年末に、次の年の会社の目標を立てています。 大きな野望をブチ上げるのではなく、「この分野の仕事を新たに取っていきたい」とか「この仕事を大きくして、スタッフを1名追加したい」とか、とてもささやかで微笑ましいものですが、しっかりプリントアウトして、デスクのモニターの横の棚にこっそり置いてあります。 今年はよい年だったと思います。 取引先はどんどん増えていき、色々出入りがあり年初の1月は1名だけだった従業員も、12月現在5名まで増えました。 年初