20241015 小田原の落日
とりたてて好き、という訳でもないのだけれどあるとき三島由紀夫の『豊饒の海』四部作を半年くらいかけて読んでいたことがあった。なにしろ長いし難しいので大変だったけれども、当時人が生まれ変わっていくことに興味があって、結構たのしく読んでいた。
▼文庫本でもそこそこ分厚いその作品を一冊ずつ図書館で借りて、時に赤坂見附のバイト先の休憩室で、時に神奈川県の山奥でバスに乗りながら、あるいは小田急線に乗りながら少しずつ読んでいくのはたのしかった。かえすがえすも『豊饒の海』には難しい話も多いので、すべてをきちんと読めているかというと怪しくて、読みながら「ああ、仏教やなんかの”人類に共有されるレベルの物語”はこういう聡明な人によって書かれるんだな…」と思っていた。
▼長編小説を読んだという記憶は、その物語ももちろんそれをどうやって読んでいたか、それが自分にとってどんな時期だったかということと合わせて記憶されている。文庫本を鞄に入れてその時に観に行った舞台や客席の様子やなんかも、読書にともなう景色として鮮明に覚えているものだから面白い。
▼『春の雪』のとある一文は、「人間にこんな綺麗な文章が書けるものかね!」と息を呑んでしまって、思わず書き写したりもしていた。驚くほど物語の序盤に出てくるのにもかかわらず、その物語をスパッと一言で言い抜いてしまっている、あまりに綺麗な言葉の配置だった。同じ人間にこんな言葉が書けるものかね、と、思わず声を上げてしまったのをよく覚えている。
▼『豊饒の海』を読んでいるときにしばしば作者の三島のことを「これを書いたのは人間の形をして現れた神様とか、なんだかそういう類の存在だこれは」と思っていた。良くも悪くも同じ肉体をもった人間が書いている感じがしなかった。誰でも読める活字にはなっているけど、あらためて人間ってこんなものが書けるんだ、という素朴な驚きと共にえっちらおっちら読み進めていった。
▼四部作を読み進めていって、さすがに「これ最後の一文はどうなるんだろう…」と思ってドキドキしてしまって、四巻の『天人五衰』最後の方はかなり駆け足で読んでいた。そこへと辿り着くために、半年くらいかけて読んでいた。そうしてそれを書き終えて、その足で市谷へと向かった三島のことを思うとあまりにも出来すぎていて、やはりこの人は人間じゃないんじゃないか、と思ったのだった。
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