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スイスで介護ヘルパー!その28「私が深く共感できたフィンランド人のグラーフさん・第三話」#入居者さんの思い出
(第二話からの続き)
ポリグロット・グラーフさんの混乱
「あー疲れた。今日の午後はフィンランド人の友達が来てね、私たち2時間以上しゃべったの。あー、おしゃべりは体力を消耗するわ。あー、今日は疲れた」。
ある晩グラーフさんは、そんな風に「疲れた、疲れた」をくり返した。それなら黙っていればいいものを、10分ごとに「疲れた」を連発している。
前述したように、グラーフさんは声が大きかった。
私の父親もそうなのだが、概して耳が悪い人は、声が大きくなりがちである。グラーフさんは補聴器をつけていたにもかかわらず、耳がよく聞こえなかった。それで大声を出すものだから、話していると余計に体力を消耗するのだと思う。
それにもちろん、ああいう内容の濃いテーマを扱っていたら、頭だってそれは疲れるだろう。
さらにグラーフさんは、新聞をまだまだ理解できるにもかかわらず、頭は時々混乱することがあった。何の前触れもなく、いきなり私たちに英語、フランス語、イタリア語で話しかけてきたりする。
初めてイタリア語で何か言われた時は、驚いた。あれっ、グラーフさん、私がイタリア語できること知ってたっけ??
謎はしかし、すぐに解けた。前にいた家政婦さんがイタリア人だったそうで、お世話してもらっている時はついイタリア語が出てしまうのだそう。これは、私に対してだけではなかったのだ。
そこで私は、ドイツ語で何か言って反応がない時に、遊びで「ヴオレ・オルディナーレ・イル・プランツォ?(昼食の注文しましょうか)」などと言ったりした。すると、「スィー!ヴォレイ・プレンデレ・・・(そうね、私は・・・)」なんて答えが返ってくるのだった。
清掃担当の、ヴァレンティーナという女性がいる。シチリア出身で、私にはいつもイタリア語で話してくれるのだが。
ある時、ヴァレンティーナと廊下で話しているところへグラーフさんが通りがかったので、私は言ってみた「グラーフさん、彼女はイタリア人なんですよ」。もちろん、イタリア語で。
するとグラーフさんは、急に目を覚ましたように背筋を伸ばし、あたりをきょろきょろと見回した。「はいっ、何ですか?イタリア語?はいっ、私はイタリア語ができますよ?誰が私と話したいんですか!?」
スイス人は概して語学の天才で、3,4か国語できるのはざらである。その才能を披露したくて、ウズウズしている人も多い。しかしグラーフさんは、その点、スイス人を上回っていると見た。
グラーフさんのそういった飾らない人柄で、私はいつも楽しませてもらっていた。
フィンランドから来た寒がりさん
北欧人なら寒さに強いのかと思いきや、スカートの下にはいつもパンツ、大きめの太ももまでのパンツ、レギンス(股引き?)、そして分厚いタイツを着用していた。ほかの入居者さんはみんな、ズボンの下は靴下だけなのに。
さらにグラーフさんは、先に太ももパンツか先にタイツか、といった順番にもこだわり、時々それが変更したりする。当然、これらの複雑な作業を面倒に思う同僚は多かった。
しかし実は私も冷え性で、タイツは夏以外ほとんど一年中はいている。冬場はレギンスや靴下を重ねてはくし、さらに腹巻を兼用することも!
だから私は、何枚も重ねて着ぶくれするグラーフさんに、いつも親しみを感じていたのである。
痩せの大食いグラーフさん
グラーフさんは痩せていたが、食べることは好きだった。昼食と夕食の注文は朝にするのだが、毎朝パンを食べながら、眼鏡をかけてメニュー表を真剣に眺め、時間をかけて検討する。
そのメニュー表も、私たちスタッフに伝えれば、後はただのゴミ。けれどグラーフさんは、なぜか過去のメニュー表も大事に取っておいて捨てなかった。机の上は、古いメニュー表でいっぱい。時々眺め直したりしていたのだろうか。
さらに机の奥の方にはチョコやクッキーの箱が、いつも開けかけて置いてあった。新聞を読む合間につまんでいたらしい(私にも時々、分けてくれた)。
そしてグラーフさんは、常にお腹を下していた。オムツ交換の際は、悪臭と戦わねばならない。私は鼻で息をせず口呼吸をして、その場をしのいだ。
実は私も痩せの大食いで、お菓子も大好き。子どもの頃は、よくお腹をこわしたものだった。
そんな理由からも、グラーフさんには深く共感できたのである。(第四話へ続く)
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